41.白銀(しろがね)
まんじりともしないまま、朝になった。
冬の朝は暗い。
でもこの濃い藍色の、これから明けゆく空に包まれた、ひんやりした朝も好きなんだけど、今朝は身に堪えた。
ただ横たわって、寝返りを繰り返しただけのベッドから起き上がる。
窓を開けると、氷のような風に頬を打たれ、慌てて閉めた。
おかげさまで目は覚めた。
とにかく学校に行こう。
今日は金曜日、お弁当シフトは1学期に組まれた通り、フリーの日。
授業をクリアすれば、明日明後日はお休みだし、ゆっくりと考える時間が持てる。
毎晩考えても答えは出なかったのだから、もう考えない。
お2人に感謝の気持ちを忘れずに、今は目の前のことを頑張ろう。
ああ、生徒会にも行かなくちゃ。
たくさんのお仕事がある、3学期だけじゃなくて次期への引き継ぎや新行事のお手伝いもあるのに、2日もお休みしてしまった。
美山さんやひーちゃんのお言葉に甘えるまま、自分勝手に休んでしまった。
柾先輩も他の皆さんは何も仰ってこられないけれど、すごくご迷惑をおかけしている。
待てよ、果たしてそうだろうか。
本来、俺がいなくてもうまく回っておられた生徒会さん、休んだことすら気づかれていないかも知れない。
歯みがきの手が止まりかけて、はっとなった。
とにかく行こう。
行動してから、その時の状況に対応すればいい。
どのみち3学期が終われば、お役御免だもの。
つまりもう、柾先輩と会えなくなる?
顔を洗う手が止まって、水が排水管へ吸い込まれていくのを呆然と眺めた。
俺はこんな時でも先輩のことばっかりなのか、自分に絶望しそうだ。
しっかりしなくては。
スイッチを水に切り替えると、直ちに優しい温水から手が切れそうな冷水へ変わり、けれどそのまま顔を洗った。
行こう。
頑張ろう。
制服に着替えてコートを羽織り、スクールバッグを肩にかけ、戸締まりや電気のチェックをして早々に部屋を出た。
この学校の建物、施設内はすべて断熱材が使われているため、保温保湿が行き届いている。
夏は涼しく、冬は暖かい。
更にこんな明け方でも床暖房の効果で、廊下に出るとほんのり暖かかった。
暖かい筈なのに、寒く感じるのは何故だろう。
ふるっと身震いしながら、エレベーターに乗りこんだ。
風邪でも引きかけているのかな。
気をつけなくちゃ。
あの子の部屋に生姜なんて置いてあるだろうか。
全部用意しておくから、何にも持ってこなくていいって、自信満々だったけれど。
上昇するエレベーターに身を任せ、朝ごはんのメニューを考える。
いいアイデアが浮かばないまま、最上階へ静かに着いた。
俺の階もそうだけれど、この階もやはり静かだ。
まだどなたさまも起床されていないのだろう。
先輩はもしかして、昨日のお仕事次第で生徒会室お泊まりコースかも知れないなぁ。
いや違うんだ、特別に気になるわけじゃなくて、1後輩として心配なだけ。
目についた特寮最上階限定自販機には、超プレミアのホットチョコレートが並んでいる。
起きているかわからない寝ぼすけさんと、以前ごちそうになったハードワーカーさんへのお礼に。
気がつけば手が伸びていて、2回、ボタンを押してカードを通していた。
2本目が受け取り口に落ちてくると同時に、売り切れのランプが灯る。
いいんだ、もしお渡しできなかったら俺が飲むか、どなたさまかへ進呈してもいい。
誰に差し上げても、大喜び間違いなしだもの。
自分にそう言い聞かせて、目的地へ向かう。
あの子が起きていなかったら、俺の部屋じゃないから当然入れない。
その時は電話&メール攻撃あるのみですな。
左右のポケットに温かいチョコレートドリンクを忍ばせ、ポカポカしながら、見知った部屋の前に立った。
最初から期待せず、呼び鈴を押す。
ほうらね、やっぱり無反応、想った通り!
少しおかしくなって、携帯電話を取り出したその時、静かに扉が開いた。
「はるる〜オハヨ〜」
「え?え?お、おはよう一成…え?どうしたの?すっかりおはようさんなお顔…」
一成は制服こそ着ていないけれど、今すぐ出かけられそうなほど、さっぱりとした通常運転の顔で立っている。
「なぁに〜?どういう意味〜俺から誘ったんだから、そりゃ起きてるでしょ〜寒かったんじゃな〜い?入って入って〜ま、そんだけモコモコしてたら大丈夫か〜」
これぞ青天の霹靂、天変地異か。
この一成が早朝、おめかしこそしていないもののイケメン度に磨きをかけ、にこにこしているなんて、なんということでしょう。
やればデキる子!
やっぱり一成はちゃんとデキる子!
「偉いね、一成。やればちゃんと起きれるんじゃない」
想わず玄関先でよしよしと、頭を撫でるべく手を伸ばしたら、きょとーんとしながらも一成は背を屈めてくれた。
今お風呂入ったのレベルの、まだセットされていないサラサラの髪に触れながら。
待てよ?
「まぁね〜朝起きようと想ったら寝なきゃいー話だしね〜楽勝楽勝〜」
やっぱりそうか!
この子、完全徹夜したんだ。
この妙にスッキリしたお顔は寝てないお顔だって、俺は知っているのに!
「う、裏切り御免…!」
がくりと項垂れる俺に、一成は相変わらずきょとーんとしている。
「はるる〜玄関寒いでしょ〜?早くあっち行こ〜俺、ちゃーんと用意しておいたからさ〜」
「うん…まぁね、俺がもろもろ勝手に期待しただけだしね…ふふふ…」
それにしても何だって完徹なんかしたんでしょう。
武士道で何かあったのかな。
肩を押されるまま歩いた俺は、リビングの様子に別の意味で裏切られたのでありました。
2014.7.14(mon)23:42筆[ 658/761 ][*prev] [next#]
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