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 これは、何だっけ。
 呆然としている俺を見つめ、にっこり笑ったひーちゃんが、ラムネの跡をなぞるように手の平を舐めた。
 想わず手を引いたけれど、強い力で阻まれた。
 いつの間にか座っている椅子に乗り上げるように、ひーちゃんが俺の上にいる。
 身体を覆う影と、瞳に宿る熱。

 昨日を想い出して、どくりと血が騒ぎ出す。
 「俺を怖がらないでよぉ〜はるちゃん。ねぇ、ホントにずうっと好きだったんだよぉ〜?ちっちゃい頃からずうっと、はるちゃんは将来俺のお嫁さんになればいーって思ってた。全然気づいてもらえなかったからぁ〜イジワルしちゃったりしてぇ〜あのウザい秀平達に怒られたりもしたっけぇ〜覚えてるぅ〜?言っとくけどぉ〜アレも全部、愛情の裏返しだったんだからねぇ〜」

 ひーちゃん、どうして。
 あんなに仲がよかったのに、小学生の頃、ある日突然、ひーちゃんやクラスの友だちから無視されるようになったことを想い出した。
 その時、秀平たちは別のクラスで、俺は孤立化してしまってとても辛かった。
 辛かったけど、気まぐれなひーちゃんのことだからって。
 きっと俺が、何か気に障ることを言ったりしたんだって、いつか元通りになるって耐えていたら、また仲よくなれた。

 あれは愛情の裏返し?
 愛情、だったの。
 気まぐれじゃなくて、ひーちゃんは俺のことを、ずっと?

 「ねぇ、俺ならはるちゃんのこと、ガキの頃から知ってるからわかってあげられる。はるちゃんの夢の手助けもぉ〜金銭面で支援してあげられるしぃ〜試食なら任せてよぉ!俺ねぇ〜はるちゃんのこと、誰にも渡したくないんだぁ〜高校卒業したら、マジではるちゃんを迎えに行こぉって思ってたんだよぉ〜忘れたことないよ、十八へ来てからもずうっとね。高校で会えるとか、何の奇跡かって思ったぁ〜運命でしょぉ〜こんなの」 
 甘えん坊のひーちゃんが、俺の首元に鼻をこすりつけて、ラムネより甘い声を出す。

 「ねぇ…泣いてないで、俺のものになってよ、はるちゃん」
 ぎゅうぎゅう引っついてくるひーちゃんと、ちいさな頃のひーちゃんの姿が重なった。
 仲よしの大事な幼馴染み、たくさん遊んだ優しい想い出たち。
 ラムネやビー玉が宝ものだった、あの時のこと。
 「ごめん…ごめんね、ひーちゃん…俺、鈍いから…全然、気づかなかったっ…ごめんね、ありがとう…」
 しゃくり上げそうになるのを堪え、喉元に手を当てながら、顔を上げた。

 「俺なんかにそんな風に言ってくれて…ありがとう。でも俺は、ひーちゃんの気持ちには応えられません。ごめんなさい…」
 「…どうして?」
 静かな声で、落ち着いた眼差しになるひーちゃんを、まっすぐに見つめる。
 堂々と想いを明かしてくれた、だから俺も言わなくちゃ。
 「俺、俺も、好きな人がいて…絶対叶わないって、わかってるんだけど、どうしても他の人のことを考えられないんだ」

 くすっとひーちゃんが笑う。
 「はるちゃん、マジメー!絶対叶わないんなら、さっさと諦めちゃうなり他で遊ぶなりしたら良いのにぃ〜!俺をキープして利用すればいーじゃーん。忘れさせてあげるよぉ〜?」
 必死にかぶりを振ると、何故かひーちゃんは更に笑った。
 「ホント、真面目だなぁ〜そういう所も好きなんだけどぉ〜ちなみに誰なの、それぇ〜はるちゃんに好きな人とか聞いた事ないんですけどぉ〜まさか…秀平じゃないよねぇ〜?!」
 「…まさか。ひーちゃんの知らない人、だよ」

 「ふぅん〜?ま、横から急に現れたワケわかんないヤツにはるちゃん奪われるつもりはないけどぉ〜はるちゃん、俺、諦めないからねぇ〜!」
 「えっ」
 「何その顔ぉ〜!諦めるわけないじゃん〜そんなフワフワした話しぃ〜よっぽど俺よりイイ男とか女じゃない限り、諦めたりしないからぁ〜!つぅかぁ〜はるちゃん自身に心境の変化あるかも知れないもんねぇ〜元々さぁ〜今日いきなりウマくいかないかもって予想はしてたんだよぉ〜」

 屈託なく笑ったひーちゃんに、口の中にラムネを放り込まれた。
 「だからぁ〜そんな哀しそぉな顔して泣かないでよぉ〜俺が悪いみたいじゃん〜イジメてないのにさぁ〜」
 口いっぱいに広がる、甘い、甘いラムネの味に涙が混じる。
 「ありがとう、ひーちゃん…ごめんね」
 「ちょっとぉ〜!謝んないでよぉ〜!!失恋確定みたいじゃ〜ん。俺はこれからもガンガンいくからねぇ〜」
 
 そう言いながらも、ハンカチを出して涙を拭ってくれるひーちゃんが、とっても優しい子だって、俺はずっと知っているよ。
 だから、苛められても大丈夫だったんだ。
 ひーちゃんは優しいって、信じているから。
 今も優しくて、涙が止まらない。
 ポンポンっと不器用に背中をあやしてくれる、いつの間にか大きくなった手。

 「はるちゃんに泣かれるとぉ〜実は俺すっごく弱いからぁ〜…泣き顔もスキなんだけどぉ〜そろそろ泣き止んでよぉ〜」
 だんだん眉尻が下がってくるひーちゃんに、泣き顔のまま笑って頷いた。



 2014.7.13(sun)23:26筆


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