39.緑青(ろくしょう)


 ひょっこりと現れたお顔。
 「はるちゃん、何かぁ〜今日、元気なくないぃ〜?」
 目の前いっぱいにクリクリお目々のお顔が広がって、はっとなった。
 「ひ、ひーちゃん…ビックリしたぁー何でもないよ。ちょっと…ぼーっとしてただけ。冬はおふとんから離れ難い季節だからねぇ、眠いったら」
 「まぁねぇ〜あいつらの魔力、パないよねぇ〜」
 「あいつらって…ひーちゃんったら」
 
 言い方が面白くって笑った。
 笑ったらほっとして、肩の力が抜けた。
 昨日と変わって、珍しく青空が広がった今日。
 寒いのは寒いけれど、日差しがあるからって、屋上に近いテラスでお弁当を食べた。
 ちょっとした日向ぼっこみたいで、とっても気持ちがいい。
 風除けの衝立てや電気ストーブ、ブランケットと完全武装していればへっちゃらだし。

 眠い目をこすりそうになって、おっといけない!と手を離し、あったかい紅茶の入ったポットに置き換えた。
 冬のおふとんの魔力にも勝るほど、寝つけなかった昨晩、今頃睡魔がやってくるなんて。
 瞼も重い、十分に冷やしたから目立っていないだろうけれど。
 『おはよ』
 『お、おはようございますっ』
 
 どうしようどうしようと構えていた俺に、今朝、教室で会うなりさらっとご挨拶してくださった美山さん。
 今までと変わりなく接してくださって、申し訳なくて、でもどうしようもなくて。
 『好きだ』
 伝えてくださった言葉が、まだ耳に残っていて、ズキズキと胸が痛む。
 どうして、俺は。
 
 「ひーちゃん、皆さんとご一緒しなくてよかったの?なんだかとっても美味しそうなものをゲットされてくる予感でいっぱいだけれども」
 「んぅ〜?ん〜まぁねぇ〜」
 気を取り直して話しかけたひーちゃんは、きょとーんと首を傾げて、腕を伸ばしている。
 ひっそり復活したお弁当シフト、今日は生徒会の日だ。
 皆さん、お弁当を召し上がられてからすぐ、デザートが欲しい!コーヒーが飲みたい!と一斉に立ち上がって去ってしまわれた。

 コーヒーはとにかく、デザートも用意するべきだったな。
 昨日はあの後、何も考えられなくて、今朝になっても余裕がないまま、バタバタと時間短縮メニューになってしまった。
 もっとちゃんと頑張らなくちゃ。
 しっかりしなくては。
 料理人になってお店を出したいのなら、どんなことがあっても冷静にお仕事しなくちゃいけないものね。

 改めて考えると、大人はすごいなぁ。
 あったかい紅茶をひとくち飲んで、息を吐く。
 俺は俺のできることを頑張って、美山さんにこんなヤツ好きになるんじゃなかったとか、後悔されないようにしなくちゃね。
 「やっぱりさぁ〜元気ないよねぇ〜弁当もあんまり食べてなかったしぃ〜。そんなはるちゃんに、ハイ、じゃあああーん!」
 「え?!」

 手首を掴まれて、なにごとかと見上げたら、手の平の上に素朴なラムネ菓子がいくつも転がった。
 「うわぁ、懐かしい!ひーちゃん、どうしたのコレ!」
 「ふっふん!『おくすり』だよぉ〜はるちゃん。特別にあげるね、徳用でゲットしたしぃ〜皆には内緒ねぇ!」
 「わぁ〜…ありがとう。いただきます」
 色とりどりのカラフルなビニールに包まれたラムネは、ちいさい頃のひーちゃんと俺の大好物だったっけ。

 遊んでいて転んだり、元気がない時は、「おくすり」だって言って渡し合って。
 食べたら不思議と元気になったんだ。
 ひとつ口に入れると、しゅわっと溶けて、記憶に残っているよりも甘い味に和んだ。
 「んー久しぶりに食べると美味しいねぇ。懐かしいなぁ…」
 日が暮れるまで駆け回って、遊んで、赤い夕陽に包まれながらラムネを食べて、ご近所さんだったひーちゃんと手を繋いで帰った。

 温かい記憶に頬が緩む。
 「はい、ひーちゃん。分けっこしよう」
 種類によって大粒がひとつだったり、小粒が何個も入っている、味には大差のないラムネを大事に分け合って食べていた、記憶に添って屈託なく差し出す。
 ひーちゃんは、にっこり笑って。
 俺の手ごと、ラムネを口にした。

 男の人が女の人の手を恭しく手に取り、くちづける仕草が何故か脳裏に浮かび、慌ててかぶりを振る。
 「ちょっ、と、ひーちゃんったら!何です、もう!」
 いたずらっ子にも程がありますよ!と、冗談めかして終わらせようと想ったのに。
 手を取られたまま、静止した。
 俺を見ているひーちゃんの眼差しが、熱を帯びている。


 「俺ならぁ〜はるちゃんを昔から知ってるしぃ〜こんな風に笑わせてあげられる。ねぇ、はるちゃん?俺、ずっとずっとはるちゃんのことが好きだったんだぁ〜俺のものになっちゃいなよ」


 クリクリの瞳が、どこかで見た熱と同じ色を宿して、光っている。



 2014.7.13(sun)22:21筆


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