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 響き渡る衝撃に、時が止まる。
 全身が耳になったみたいだ。
 「…多分、寮で初めて会った時から…ずっと気になってた。イラつくぐらい、お前の事ばっか気になって、武士道とか生徒会とか風紀とかバスケ部とか、面倒くせー連中とつるんでんの見ると腹立って、何で俺じゃねぇのかって…イラつくから寮部屋別れても、余計にお前の事ばっかで」
 
 美山さんが初めて、ほんとうの気持ちを話してくださっている。
 一生懸命、言葉を紡いでくださっている。
 俺なんかのために。
 「前の、すぐ熱くなる所も、料理に厳しい所も、ちょっとボケてる所も」
 掴まれた肩にある手が、熱い。
 「誰にでも優しい所も、キツい時でも頑張る所も…クソ、上手く言えねぇけど…」
 
 俺を見つめる瞳が、何よりも熱い。
 
 「好きなんだ。お前の事、ちゃんと守るから側に居てくれ」

 熱が、唇にも移った?
 と想ったら、美山さんのお顔がすぐ側にあった。 
 「んっ」
 そう気づいた瞬間に、また、唇が熱くなった。
 繰り返される「好きだ」の言葉と、俺のものじゃない温もり。
 ほんとうに俺に起こっていることなのか、呆然と、耳にまで響く心臓の音に頭がまっ白で。

 その時、パァっと一瞬、目の前で火花が爆ぜるように記憶が甦った。
 『なんとなく?』
 大きな打ち上げの音と、空いっぱいに広がった光の花。
 シュワシュワのソーダ、あったかい手、綺麗な、花火より何よりも光っている瞳。
 俺、は。
 こんな時でも想い浮かべるのは、たった1人で。 

 泣いている場合じゃないのに、勝手に込み上げてくる涙は放置して、精一杯、頭を下げた。
 動いたことで、囲いは簡単に外れて、冷たい風が美山さんとの間を通り抜けていった。
 「ありがとう、ございます…俺…美山さんには嫌われたと想っていたので…」
 「違う、俺は、そうじゃねぇ…」
 「はい…そんな風に想っていただけていたなんて、まったく気づかなかったので…とっても嬉しいです。こんなにまっすぐ、気持ちを告げていただけることも、初めて、で…ありがとうございます」

 声が震える、どうしても。
 だけど、ちゃんと言わなくちゃ。
 美山さんは正面から、俺に向き合ってくださったのだから。
 ぼろぼろと頬を伝う涙が見苦しいのはわかっていたけれど、懸命に伝えた。
 ほんとうの気持ちを教えてくださった美山さんに、俺の、ほんとうの気持ちを。
 「ごめんなさ…折角、伝えてくださったのに…俺、俺も、好きな人がいて…っ…絶対、叶わないんですけど、どうしても…大事で…美山さんのお気持ちにはお応えできません…ごめんなさい」

 シロクマの入ったカバンを抱きしめて、頭を下げる。
 どれぐらいそうしていたのか、ふっと、美山さんの空気がやわらかく震えたのがわかって、恐る恐る頭を上げた。
 「そいつの事、忘れるまで俺を利用したら良い。俺は別に応えてくれなくても良い」
 「いいえっ…とんでもない、です。そんな、美山さんに失礼なこと、できません。俺、未練がましくて…結末はわかってるのに、夏からずっと吹っ切れないままなので…美山さんの大切なお時間の邪魔になるなんて、俺が許せません」
 「ハ…らしいな。んだよ、その幸せなヤツ…俺も知ってるヤツか」

 そればかりは言えないと、ぶんぶん首を振ると、美山さんは苦笑するように微笑った。
 初めて見る表情ばかりだ。
 俺は今まで、美山さんの何を見ていたのだろう。
 なんだかんだと親切に接してくださった、文化祭の時期もその後も気遣ってくださった…わずかな間の親しいひと時を想い出し、ずきりと胸が痛んで、これ以上泣くまいと奥歯を噛みしめた。
 けれど涙は止め処なく、情けない、ほんとうに。
 
 「わかった…」
 「ごめんなさ…」
 ぽんぽんっと、どこかぎこちない動作で頭に手が乗った。  
 「もう謝んな。んで、泣くな」
 「は、い…ごめ…あ、すみませ…いえ、あの…」
 どうしたって謝罪の言葉になる、ゴシゴシと涙を拭う俺を見る美山さんは、呆れていながら穏やかだった。
 「何か、ちょっとスッとした」

 もう熱を孕んでいない瞳が、空を仰ぎ見る。
 「今日…あちこちに無理言って、お前との時間をくれっつったから。生徒会、行かなくて良い事になってる」
 「えっ…そう、なんですか…」
 「あぁ。行っても良いだろうけどよ。どうする。どのみち送って行けねぇけど良いか」
 「はい…お気遣いありがとうございます。じゃあ、その…また…」
 スクールバッグを持つ手が震えて、何て言ったらいいのかわからない。

 美山さんは目を細めて、俺の背中を押した。
 「また。教室でな」
 「はいっ」
 今までと変わらずにいることはできなくても、また、教室で。
 クラスメイトとして、元同室者として、また。
 大きく頷いて、ぺこりと一礼し、その場から離れて。
 1人になった途端、溢れてきた涙を振り切るように、俺は走り出した。

 唇の熱は、とっくに冷めているのに、夏の名残だけがいつまでも残っていた。

 

 2014.7.13(sun)19:59筆


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