37.真緋(あけ)
どうしてここにいらっしゃるんだろう。
付き添いの件はご存知ない筈で、美山さんとは教室ですれ違うばかりだったのに。
偶然なのかな。
たまたま通りがかっただけなのかも知れない。
「お珍しいですね、こちらにいらっしゃるなんて」
きょとりと首を傾げたら、じっと見つめられた。
「美山さん?」
あ、カラーコンタクトの色が違う。
1学期の頃からずっと、髪のお色と合わせた赤い色だったのに。
ダークブラウンの瞳はもしかして、美山さん本来のお色なのかな。
髪も落ち着いた赤色で、短くスッキリめに整えられているような?
いつの間にイメージチェンジされたのだろう。
近くで接する機会がなくて気づかなかった。
イケメンさんはいいですねぇ、お洒落し放題、何をしてもお似合いだものね。
少し変えるだけでも新鮮リフレッシュ、イケメン度上昇!
それにしても、お色を暗めのトーンに変えるだけでこんなにも大人びて見えるんだなぁ。
逸らされない視線のまま、まじまじと遠慮なく拝見して、心のイケメンメモにせっせと記録していたら。
無言を貫かれていた美山さんが、軽く息を吐いて、ぱっと目を逸らされた。
「…今日は俺の番だから。来い」
「はい」
頷きつつも、あら、いつから当番制になったのでしょう。
皆さんご都合つかなくて、美山さんにもシフト的なものが回ってきたのだろうか。
もしかしなくても、俺の知らない間に申し訳ない事態になっているのでは。
スタスタと歩く美山さんの腕を、想わず引くと、無心でおられたのか過剰に驚かれ、振り払われてしまった。
「あ、急に触れて申し訳ございません。失礼いたしました」
そりゃビックリするよね、いきなり前触れもなく触れられたらね。
反省反省!
「いや…」
戸惑った表情の美山さんに、もう1度丁重にお詫び申し上げてからお窺いする。
「あの、お恥ずかしながら俺、何も知らなくてですね。皆さまのご厚意に甘え、今日まで生徒会室への道程に付き添っていただいて…まさか美山さんにまでお話がいっているとは露知らず、お手間おかけして申し訳ない限りです。いい加減、そろそろ自立せねばと想っていたところでしたし、こんなに明るいので大丈夫です。俺1人で行けますので、貴重な放課後にご足労いただき、」
腕を掴まれた、強く。
想わずびくっと震えた、かすかだったのだろう、気づかれた様子はなくてほっとした。
そのまま、何故か苦しそうで、口惜しそうにも見える美山さんに腕を引かれて、人気のない裏庭に連れられた。
どうしたんだろう?
どこまで行くんだろう。
スッキリと短めになった襟足を見上げながら、早足について行くしかなくて。
ふいに立ち止まった。
とんっと、背中に壁が当たる。
校舎の壁、ここはきっと視聴覚室とか特別校舎の辺りだ。
ざわざわと冷たい風の音が耳をくすぐる。
けれど正面には、苦しそうに眉を顰める美山さんがいて、他には何も見えない。
人の身体で、自分の身体に影がかかる。
囲いで固定されるように長い腕に囲まれて、視線を動かしても見えるのは美山さんだけで。
寒いのに、汗が一筋こめかみを伝ったのがわかった。
ちょっと怖い、だけど大丈夫だよね?
美山さんが俺にそんな、そういったご興味を持たれることなど。
大体あれは、特殊な事例で。
胸に抱える形になったスクールバッグの中には、シロクマがいる。
シロクマを想い出すと、少しだけ肩の力が抜けた。
何よりも、真摯な眼差しの美山さんに、大丈夫に決まってるって想えた。
「美山さん…?」
呼吸を落ち着けて、そうっと呼びかける。
真摯な表情の中に、急にキラキラと輝きが灯った。
「…俺は…まどろっこしいのが嫌いだ」
「はい」
「…話すのも面倒だ。面倒くせぇんだよ、時間かけて人と話してわかり合うとかクソダリぃ。全部、面倒くせぇ。どーせ表面だけだろうが、どーせその場凌ぎだろーが。どんなキレイ事も最後まで続かねぇ。だったら1人で居た方が楽だ。誰ともテキトーに関わって厄介事から手ぇ引いてりゃ良い」
黙って、美山さんを見上げる。
「ずっとそうやってきた。けど、お前が来てから調子狂いっぱなしなんだよ…こんな、クソガキの戯れみてぇなくだらねー学園、アイツらとも関わる気なかったのに、何で俺がこんな…」
一瞬、片手で目を覆った後、何かを振り切るようにかぶりを振られて。
また視線が合った美山さんは、今まで見たことがないお顔をされていた。
心が震えた。
鼓動が大きく、身体中に響き渡る。
強い、それは強い熱のある眼差しが、逸らしたいのに逃すまいと正面から向かってくる。
「前…お前が、好きだ」
どんな気持ちも入り込む余地のない、まっすぐな言葉に身体が硬直した。
2014.7.12(sat)23:03筆[ 654/761 ][*prev] [next#]
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