33.宮成朝広の一進一退(8)
一通りのショーが終わって、誰もが呆然としている中、最初に動いたのはやはり柾だった。
そう、それはひとつのショーだった。
俺達3大勢力が得意とする、子供騙しのショー。
いつものショーと違うのは、騙されてくれる観客が居ない事、成勢が本気な事、裏の3大勢力にも武士道にすら打ち明けず独断で行った事。
ヤツが至って冷静で、本気である事が怖いと想った。
その空気を唯1人が、スッパリ斬り捨てる。
手入れを怠らない白刃が閃いた様な錯覚を覚え、やっと俺は我に返った。
「つまらねえ」
それきり背を向け出入り口に向かう柾を、成勢だけが鋭い目で睨みつけている。
「どんだけバカらしくてつまんなくても〜俺は本気だよ、昴…?お前は不参加でいーんだね〜?言っとくけど邪魔したら、お前の背景や側近が何であれ許さないから〜」
ふざけたユルい口調は変わらない、異常に冷たい声音なだけで。
冷気をまともに浴びながらも、柾が振り返る事はなかった。
古めかしい扉が開け放たれ、一瞬、外の光が柾を覆った後、またすぐ扉は閉じられた。
ちょっと待て。
待てよ。
誰も柾を追わず、何となく不安気に視線を交わしながらも、顔色ひとつ変えず始まった、成勢の説明に耳を傾けている。
良いのか、凌。
良いのか、合原も九も音成も知ってんじゃねぇのか、旭だってどーせ気付いてんだろ。
前の気持ちはどうなる?
後輩達の突飛なやり様に不審を現しつつ、困惑の方が勝っている3年を見渡した。
後は頼むと、無言の内にやりとりし、出入り口に向かう。
何故、俺がこの役目なのか。
わからんが、俺は確かに聞いたから。
前が戻って来た日の夜、酔い潰れながらもはっきりと耳にした。
前はまだ、柾の事を想っている。
知ってて見過ごせるかよ。
何か知らんが、この俺が柾に注進してばっかとか、マジどうなってんだ。
出て行ってからいくらも経ってねぇのに、柾の足はイヤに速く、積もった雪に足を取られながら走って何とか追いついた。
「柾!」
呼び掛けに肩越しで応じながら、足を止めはしない。
その時、初めて気付いた。
触れれば斬られそうな、殺伐とした静寂に。
恐ろしく冷えた目の奥には、赤々と燃える炎が浮かんでは消えている様で、ホント何で俺がコイツに物申す役なんだとゾっとした。
格の違いなんて、俺が1番わかってんだよ。
けど。
こんな強い瞳を持ってねぇんだ、前は。
ただ、光を失うまいと必死で前を向いている。
周りに心配かけまいと笑って、何にでも一生懸命で、手なんか抜かねぇんだ。
俺達がとっくに失った輝きを持ち、俺にも随分親切に接してくれた。
学園の希望を、大事な後輩を傷つけられる様を横目に、卒業なんかできるかよ。
「お前は…良いのかよ。つまらねぇ云々の前に、アイツらに前、泣かされんぞ。前にとっちゃ、仲良くしてた武士道や友達の裏切りも甚だしいだろ…俺が言うのも何だが、アイツら止められんのは柾しか居ないんじゃねぇのか」
今、お前に言えたら良いのにな。
前の気持ちはお前に向いている、結構ずっと。
こんな遠回しな言い方しなくて済む、正面からお前の婚約者はどうなってんだって、聞けたらこっちもラクなんだが。
俺が前の大事な気持ちを、代弁できるわけがねぇから。
我ながら苛立った。
どうしようもない事が多過ぎる。
柾は淡々としか言い様がない顔で俺を見て、独り言の様に言い放った。
「陽大は物じゃねえ。感情豊かな人間だ」
「柾、おいっ!」
再び歩き出した、やけにデカく見える背中から冷めた声が響く。
「物じゃないから、あいつはちゃんと考えて結論を出せる。つまらねえ遊戯にも、真摯に向き合う事でしょう。だから大丈夫です」
何が大丈夫なんだ。
物じゃないって、そりゃそうだろうが。
何を当たり前の事を唐突に言い出したんだ、コイツ。
風が吹き荒び、俺と柾の間に立ちはだかった。
永遠に超えられない障壁の様に、風が道を分かつ。
相変わらず読めねぇし、読ませないな。
けど、ガキみたいに見えてガキだけど、もうそこまで幼くねぇんだ、誰しも。
いつでも真っ直ぐ背を伸ばして歩く姿を見送りながら、息を吐いた。
それなら俺は俺で動くさ。
お前が動かなくても、やりたいようにやる。
「…俺だ…これから暫く、頼みがあるんだが…あぁ、いつも悪ぃな。前陽大の警備を今までより強化して欲しい…」
通話を続ける内、遂に空から大粒の雪が零れ落ちた。
2014.7.6(sun)23:50筆[ 650/761 ][*prev] [next#]
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