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 それにしてもしかし、スーツひとつで男前度が100倍増しなんて、ズルい。
 いやいや、わかりますよ、わかっておりますとも。
 柾先輩のお召しになっているお着物やお靴にお時計、すべてとんでもなく値が張る最上級のブランドさまオンパレードであること、例えブランドに疎い俺でも見ただけでわかりますとも。
 それらを何の苦もなく、堂々と着こなせるだけの覇気がすごいって言うかね。
 目の毒、心臓の負担がすごいったらない。

 落ち着かない。
 ソワソワするけれど、でも、居心地は悪くない。
 先輩の眼差しがやわらかいからだろう。
 ずっとそうだ、戻って来てからずっと、先輩が俺を見る瞳は以前よりも穏やかだ。
 いつまでも気遣ってくださっている。
 その優しさはとてもさり気なくて、ただ黙って見守ってくださっているのが心強くて、もう大丈夫ですから!って言えない。

 干したてフカフカのおふとんに包まれているみたいで、心地良くて、しあわせな微睡みのような時間にいつまでも甘えている。
 いつしか訪れた沈黙、冬の夜空は凍りついていて、そろそろ戻りましょうかって、俺から言うべきなのに。
 何も話さない先輩の瞳が、煌煌と光る星々を静かに映している。
 そのきれいな横顔を見上げているだけで、胸がいっぱいになった。
 
 会場内にはそれは大きくて、華やかなクリスマスツリーが飾られている、中庭の木々もライトアップされ、この一帯、どこもかしこもキラキラ輝いている。
 自然の中の星も、人工的な星も、雪の上に光を落とし、どちらもうつくしい。
 止まない談笑のざわめき、温かいクリスマスソングがゆるやかに流れ、いつより着飾った素敵な大人たち子供たちがたくさんいらっしゃる。
 それなのに、先輩が1番、何よりも誰よりも輝いていると想った。

 生徒さんの代表、会長職に就いているから、それだけじゃない。
 この人はもちろん、お顔立ちもスタイルも成績も抜きん出ている。
 けれど、心根が輝いているから。
 すべてはそこに付随しているだけ。
 揺らがない強い光を瞳に宿すのは、1本の芯がしっかり心身の真ん中に根を張っているからだ。
 強いから、優しい。

 だけど柾先輩は、血の通った人間だ。
 2学期を終えた今、その疲れがふわっと解けて蒸気となり、空へ上っていくようだと想った。
 無事に終業式を終え、パーティーも終盤で、安堵しておられるように見える。
 そんな大事なひと時に、俺が側にいていいんだろうか。
 そう想った時だった。
 「あ、陽大。雪」
 「わぁ…!また降ってきたぁ」

 天空を指す長い指に導かれた先には、綿雪が舞い始めていた。
 木々のライトに照らされて、雪自身が光を発しているように、ふわりふわりと舞い落ちてくる。
 「キラキラしてんなー」
 「ねーキレイですねぇ」
 「いや、違うっつか。雪もだけど、陽大の目ぇキラキラしてんなーっつってんだよ」
 「そりゃあテンション上がるでしょうとも!俺とて都会っ子ですからね!こんなにたくさんの雪、降ったら嬉しいものでございます」
 
 想わず拳を握って力説したら、先輩が少年のように無邪気に笑って、また空を指した。
 「雪、好き?」
 俺は。
 俺が、好きなのは。
 どくどくと、さっきから騒がしい心臓が、もっと暴れ出す。
 言えない、絶対に言っちゃいけない。
 こんなに優しい人を、困らせていいわけがない。

 「…好き、ですよー…そりゃあね。雪はいいものです」
 「俺も好きー」
 俺はちゃんと笑えていますか?
 先輩がそんなふうに笑っているから、大丈夫ですよね。
 これで話は終わり、雪と共に増した冷えこみ、切り上げて会場内へ戻るべきなのに。
 明日からしばらく会えないんだとか、「れな」さんとお電話中のとろけるような甘い表情を想う内、いろんな、とてもいろいろな感情がこみ上げて。

 「ふ、ふん。どうせ先輩から見たら、俺なんて子供っぽい1後輩に過ぎないでしょうけれど。先輩は俺など、面白要員ぐらいにしか想っていらっしゃらないでしょうし?」
 しまった、口が滑ったと。
 言わなくていい余計なこと、後悔する間もなく、先輩は笑顔のまま即答してくださった。
 「だから前から言ってんじゃん。面白くて可愛い、大事な後輩だって」
 寒さのせいじゃなくて、震えるほど、温かい声音だった。

 面白がる様子は口調だけ、あとは全部、ひたすら温かくて優しかった。
 俺はもうこれ以上、何を望むのか。
 十二分に与えられておきながら、どうして俺は。
 「陽大様あっての十八学園生徒会、俺様ですからね。そろそろ行こっか。冷えてきたし、折角明日帰省すんのに、体調崩したら元も子もねえしな」
 ぽんっと背中を押された。

 あなたが笑顔を絶やさないから。
 俺も、笑っていよう。
 心は傷むけれど、あなたの想いやりに応えられるように、せめて。
 「では、俺について来てください!こっちです!」
 「陽大様、男前!惚れる!だけどそっち、違う。出入り口、こっち」
 「むむ?なんですって!夜と雪が俺を惑わす…」
 「森もネ。感覚狂わされるよなー」
 
 もし神さまがいるなら、サンタクロースさんがいるなら。
 どうかこの人が、しあわせでありますように。
 明日から大切な人たちと楽しく、安心して、少しでもゆっくり過ごせますように。
 
 俺はそれだけを願います。



 2014.6.30(mon)23:28筆


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