27.聖夜
わぁ、結構積もってるなぁ。
ちょっとだけ外の空気を吸いたくてやって来たバルコニー、屋根は十分にあるのに手すりにも床にも雪がしっかり積もっている。
滑って転ばないように気をつけなくちゃ。
心春さんの助言を聞いておいてよかったなぁ。
冬場は絶対に雪が積もって足を取られるから、今日の正装に履く靴にも滑り止めを貼っておくように!って、大正解だ。
ツルツルのタイル張りの床を、慎重に進みながら、会場内とは違ってまるで人のいないバルコニーを見渡した。
時折、森のほうからバサっと音がする。
木々に降り積もった雪が落ちる音だ。
初めて聞く物音に、そうと知らなかった最近までいちいちビクっと反応しちゃったっけ。
それだけ静かで、凛と張り詰めている空気に息を吐いた。
薄く開いた扉から、クリスマスの音楽とにぎやかな喧噪が聞こえる。
まだまだパーティーは終わらないみたいだ。
皆さん、こんな遅くまであんなにはしゃいで、明日は無事に起きて帰省できるんでしょうかねぇ。
かく言う俺もこの後、武士道と集る予定だけれど。
手すりの雪を両手で集めて、何となく形づくりながら、また息を吐いた。
明日から冬休みかぁ。
ふふっ、ふふふ。
何の予定もございませんとも、ええ何ひとつ。
今年はファミリークリスマス&ファミリーお正月になりそうだねぇ。
無理もない、十八学園の皆さんはもちろんのこと、武士道も秀平たちも忙しいもの。
皆さんにわがままを言うわけには参りません。
各方面のご協力のおかげで、何とか見れる成績も取れたことだし、お家でのんびり過ごす冬休みもいいものです。
あ、でも十八さんは年末年始、お仕事やお家の集いでお忙しくなりそうだったなぁ。
母さんもそれに付き添うのかなぁ。
ひとりっこ満喫かぁ、大掃除やお正月のごちそう準備をコツコツ進めたら、すぐ時間は経つことでしょう。
柾先輩は、どうされるのかな。
ご家族と南の島へバカンスとか?
「れな」さんと一緒に。
「…陽大?」
ズキリと胸の辺りが重くなると同時に、何てタイミングの良さか、聞き間違えようがない低い声が聞こえた。
「柾先輩…」
パーティー開始前のご挨拶で、近くで拝見したから知っているけれど。
今日は一段とゴージャスなオーラを発されていらっしゃる。
とんでもなく高価なお召しものとお察しする、ダークブルーのスーツといつもと違う髪型で、大人の男性と言うか凄みのある美形と言うか。
「どうした、疲れた?つか、何。この雪団子の集り」
「ちょっと外の空気を吸いに来ただけでございます。だんごとは失礼な!これから雪だるまが何人も誕生するというのに」
「え、コレ雪だるま?違うくね?顔のがちっちゃいだろ。貸してみ」
むむ?
奪われた雪だるまの原型は、先輩の手に因って見る間に整えられていった。
ほっほう、イケメンは雪だるますら上手に作ってしまうのか。
器用そうな長い指、おおきな手は見せかけだけじゃない。
ほんとうに魔法の手をお持ちだ。
料理だって、柾先輩ならチョチョイのチョイで極めてしまいそうで、なんだか口惜しい。
「ついでに雪うさぎー」
「なんと…!なんとお可愛らしい、これぞ雪うさぎの中の雪うさぎ!持ち帰って冷凍庫保存したい愛らしさ!ちょっと写メっていいですか」
「良いですよ?ウチの兄貴とかのがもっと巧いけどなー」
先輩にお兄さん!
さぞや男前ブラザーズなんでしょうねぇ。
目を細める柾先輩のお顔は、2学期の重責から解放されたように穏やかだった。
無理もない、昨日いっぱいまでずっと、3学期の行事のお仕事に奔走されておられた。
先輩にとっては待ち焦がれたお休みなんだろうな。
とっても大変そうなお家らしいけれど、少しでもゆっくりできるんだろうか。
「れな」さんと。
胸の重苦しさに見ないフリをして、見事な雪うさぎや雪だるまにそうっと触れていたら。
「ちょ、っとお待ちくだされ!何なさるのですか、いきなり!」
「陽大、寒くねえの?手、こんなに冷たくなってんじゃん」
雪に触れていた手がさらわれたかと想うと、柾先輩の頬に!
何故!
温かい手もそうだけど、頬、何故?!
すぐに離されたけれども、俺の気持ちを知らないからって、何て簡単に危険行為を働くのか。
「だ、大丈夫でございますっ!先輩こそ、さっきまで芸術作品の造形なさっておられたのに、もう通常営業のご様子ですね」
「ははっ、通常営業って!俺ぁ体温高いんでねー冬場でも自家発電100%稼働中なものでして」
ふん、男前は自家発電まで可能なんですねぇ。
俺などスーツの下に何枚着ているやら。
わずかに触れた、温かい肌の感触を忘れようと、羨ましがることに躍起になった。
2014.6.29(mon)23:10筆[ 644/761 ][*prev] [next#]
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