25.十左近先輩の気苦労日記(6)
あーーーーー、終わった終わった!!
何はともあれ、終了、撤収、解散!!
俺の役目は果たしたぜ。
飲んで食ったらとっとと抜け出そうかね。
しっかし長年、放送部員を務めてきたが、今日程ガキ共が騒がしい日はなかったな。
窓から一面の雪景色を眺めつつ、終業式を想い返した。
『お母さーーーん!』って、アノ柾様コールや3大勢力コールより一際大きかったお母さんコール、チビちゃんはちょっと戸惑いながらも笑顔で応じていたな。
あまりに治まらないから、最終的にはチビちゃん自らマイクを手にし、『俺などにもご声援ありがとうございます。恐縮ながら終業式が進行しませんので、お静かにお願いできますでしょうか』と、穏やかな声音を発する事態になった。
途端にシーンと静まり返り、毎回血管浮き上がらせながら声を嗄らしてた俺は何だったんだと虚しくなったが。
やはりチビちゃん、放送部に欲しい人材だったな。
緊張しながらも、見事に聴衆の呼吸を捉えていた。
前に立ち、声を出せば人が自然と注目する、それは特別な才能なんだが。
生徒会なんぞより放送部の方が合っているだろうに、実に惜しいぜ。
いや、望みは捨てちゃならんな。
俺の指導は間に合わないが、来季はどうなるかわからん。
柾は容易く手放さないだろうが、チビちゃんの意思をねじ曲げてまで拘束しないだろう。
今の内に放送部へ誘い続けるのも有りだな。
世論が前陽大擁護に傾いたがごとく、人の気持ちはあっさりと変化する。
誠心誠意、じっくり向き合って話せば、気持ちは放送部へ傾くのではないか。
チビちゃんが入ってくれりゃ放送部は安泰だ、俺も安心して卒業できるんだがなぁ。
と想い至って、ふと気づいた。
あぁ、俺がメインに立って司会進行するのは、今日で最後だったのだ。
つい先刻、クリスマス前夜祭パーティーの開始を祝うバカらしい司会が、最後だったとはな。
仕事はまだ、3学期の校内放送まで残っているが。
衆目を前にマイクを手にするのは今日で最後、後の行事の進行は後輩に委ねる事となる。
「十左近様〜!お疲れ様でしたっ。乾杯してくださいません?!」
その時、やたらキャッキャしたちっこいのが数匹寄って来て、勢いのままに乾杯を交わした。
「カンパーイ!十左近様の進行をお見かけできなくなるなんて、残念ですぅ〜」
甲高く甘えた声が皮切りの様に、近くに居た他の連中もやって来て、周りを取り囲まれる。
「僕、僕…十左近様のお声のファンでっ…」
「あーズルーい!卒業まで抜け駆け禁止なんだからっ」
「まだ校内放送はお続けになられますものねっ?ね、十左近様ぁ〜」
奇声を発して威嚇し、逃げ出したかったが。
何とかギリギリ保って、長年染み着いた反射的な愛想笑いを振りまいた。
我慢だ、我慢。
これを乗り切れば、後は楽し…くはないが冬休み。
これを乗り切れば次はもう、卒業の時を残すのみ。
ふと顔を上げれば、遠くでクラスメイトと談笑するチビちゃんの姿が見えた。
クリスマス前夜祭のドレスコードは正装、本人には絶対言えないが、チビちゃん、まるで七五三みたいだなぁ。
誰もが派手なブランドもんで身を固め、きらびやかに装う中、チビちゃん1人、初々しく清冽な雰囲気をまとっている。
笑顔を絶やさない、終業式の時からずっと、チビちゃんは笑っている。
あの戻って来た日と比べると、随分自然な笑顔を浮かべるようになった。
チビちゃんは見事な強さを発揮し、順調に回復している様に見える。
その負荷は如何程か、俺には計り知れないが。
あれからずっと平和だった。
つーか、あっと言う間に試験が終わり今日を迎えた。
師走の時の流れは早い。
ほんの束の間の平和なのだろう。
武士道の銀は未だ大人しくしているが、チビちゃんを気遣っての事なのか。
華奢な肩のラインを目にして、視線を逸らし、相変わらずキャッキャと騒ぐちっこいヤツらに意識を戻した。
無邪気なもんだ。
これも平和だからこそ。
チビちゃん、俺は良い先輩足り得ないかも知れないが。
武士道の銀が何を企もうが、次に何が待ち受けていようと、直に卒業しようとも、俺は、俺と所古や3年の一部は、ずっとチビちゃんの味方だ。
もう誰にも無闇に傷つかせないからな。
その笑顔が曇らない様に。
ガラでもないが、神なんざ信じちゃいないが、祈る心持ちになった。
聖夜が近いからか、薄闇に純白の雪が広がるからか。
明日から冬休み、明日はクリスマスイブ。
頑張ってるチビちゃんは高校生だけど、サンタクロースの恩恵が与えられないものか。
今時あんな健気な子、なかなか居ないんだしさ。
2014.6.24(tue)23:59筆>
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