24.吹雪の前に


 ふいに呼び出されたかと思ったら、云々かんぬんと学園の経営状態について小言が続き、天を仰ぎたい心持ちになった。
 右から左へ聞き流しつつ、しっかり聴いているアピールは怠らず、これがなかなか忙しい。
 この技を取得するまでは辛かった。
 若かりし自分の青さに思わず目を細めると、「聞いておるのか、嘉之」と厳しい声が飛び、「聞いていますとも」と内心焦りながら余裕の笑みを返した。

 にっこり、揺るぎない会心の笑みには、例えこの人と言えど敵うものではない。
 生意気だのブツブツ呟きながらも、小言は再開された。
 真の笑顔の前に人は敗北を喫するものなのだ。
 長年の知己にご教授いただいた技だった、そう言えば。
 怒濤の2学期を乗り越えて尚、期末試験で全科目パーフェクトを勝ち取り、今期もオール10を獲得した稀代の男前が目に浮かぶ。

 ずっと苦労をかけてばかりだ。
 今更引き返せない、「もう良いよ。止めよう」「君は君の自由にしたら良いんだよ」と言えない場所まで、彼を連れて来てしまった。
 やっと今日、終業式だ。
 事件後、生徒や教師問わず全校から責められた彼は、変わらず強く在り、誰の追随も許さない成績と実績を己の実力で手にして、帰省する。
 
 どれだけ感謝しようと、自分1人では足りない。
 自分達家族が、一部の生徒や教師が彼の真の姿を知っていようと、とても報えるものではない。
 早いものでこの僅か2週間の内に、クリスマスや大晦日を経て新年を迎える。
 彼の巨大な生家を鑑みると、心安まる休暇とはいかないだろうが、「大好きで大事なんだ」と何のてらいもなく言い切る家族の元で、どうか少しでも穏やかに過ごせますように。
 彼の休暇に、どうか安息を。

 「まったく…柾の坊にも困ったものよの」
 タイミング良く、願いの矛先の名が父親から出て、話を聞く気になった。
 いや、聞き逃せないと我に返った。
 「どういう事です?お言葉ですがお父さん、以前から申し上げている通り、柾君ほど我が学園に貢献している生徒は居ませんよ」
 嫌な言い回しもやむを得ない、この人にわかり易く伝える為だ。

 片眉を上げた老獪な顔が、淡々と言い放つ。
 「富田、片前、漣、晴海…わかっているだけで4家か。どの家も名家と呼ばれて永い、そこらの子供とは訳が違う。それらを束ねて上に立つ、柾とは何者か?およそ従者と呼ぶに惜しい家々を配下に、彼等も柾には絶対服従を誓っている様ではないか。しかも尚、儂の読みでは暗躍する家も在ろう。あの小僧が全ての手札を明かしたとはとても思えん。彼奴(あやつ)、何を企てておる…」

 あの日、彼は手札を切った。
 いとも容易く、少しも隠さずに。
 そしてその主君の意向に、彼等は主君の決断よりももっと容易く従った。
 今時、有り得ない主従の絆を垣間見た。
 それも従者の方が強く慕い、何が何でも彼の人の為にとの意思を感じさせる程だった。
 日常的には富田一平以外、ほとんど関わりを持っていなかったのに。

 恐らく父親の言う通り、まだ居るのだろう。
 彼の手札は幾枚も、余裕をもって用意されている。
 学園を巣立つ時を迎えても、すべての手札は明かされないのではないか。
 しかし、遠回しな父親の言い様に、本音の苦笑が浮かぶのは仕方がない。
 「な!何を笑っておる、嘉之!」
 「お父さん…そんなに心配しなくても、柾君は陽大君に害を為す存在ではありませんから」

 くわっと見開かれた目、瞬時に上気する頬を見ても、恐怖は感じない。
 図星かと、頬が緩むのを堪えるのに必死だったから。
 「お前は…何を見当違いな!儂があの様に卑しい子供の事などいつ話した?馬鹿を言うな!儂はただこの由緒正しき学園が、柾の小僧なんぞに乗っ取られまいかと、」
 「お父さん、そうは仰られましても…私が知らないと思いましたか?暇を見つけては学園に忍び込み熟達した管理人に変装、ここまでは以前と同じですが、貴方は専ら特寮付近をウロウロしては、何かと陽大君に声を掛けていたでしょう」

 絶句するこの人を初めて見た。
 やれやれと内心で両手を広げた。
 「ほら、こちらに証拠写真もありますよ。こんなにニコニコと目尻を下げて…本家直系の孫にも見せない顔をよくもまぁ、人目も気にせず…更にあの事件当日、貴方自身も校長先生という手札を切って、必死で探したでしょう?陽大君が帰還するや、声を掛けるだけでは飽き足らず、とうとう差し入れを渡したり頭まで撫でましたよね?」

 写真がなければしらばっくれただろう。
 けれど動かぬ証拠がある。
 憤怒の形相で赤くなっている、でもからかおうとは思わない。
 父親の思わぬ弱味を掴めそうで、残念な気持ちもなくはないながら、見逃すと決めていた。
 「大丈夫ですよ、陽大君は。しっかりしていますからね。柾君も良い子です。2人共、本当に良い子ですから、もうこれ以上、何も起こりませんよ」

 わざとらしい咳払いが何度か聞こえた後、鋭い眼光に睨みつけられた。
 「ふん、何を呑気な…良い子だからどうした。良い子だからこそ柾の坊にかどわかされる可能性もあるじゃろうが!お前は昔から楽観に過ぎる!」
 折角、迷走している孫愛を見逃そうとしているのに。
 「…お父さんには…」
 「あん?」
 震える拳を握り締める。

 「お父さんには私の複雑な気持ちなぞわかりませんよ…!私がどれだけあの2人を信じようって、私がどれだけ…!!昴君は、昴君はっ…私との友情を裏切る様な子じゃないしっ…陽大君はね、ほ、ほ、惚れた腫れたの恋愛なんかより料理命なんですから!!何にも知らない外野は黙らっしゃい!」
 「何おぅ、若造めが…!!小癪なっ!!あの子の挨拶がどれだけ礼儀正しいか、どれだけ季節の機微を心得ているか、どれだけ目上を尊重する感心な志を持っているか、知りもしない小童が儂に意見するか?!あの子の特製饅頭を食ろうた事もないだろうに!」

 それは賑やかな理事長室の朝だった。



 2014.6.23(mon)23:43筆


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