21.凌のココロの処方箋(10)


 まったくあの人達、いつまで騒ぐつもりだろう?
 土曜日だけどね。
 試験前だし、この面子が集ってるだけでスキャンダルだというのに。
 陽大君が帰って来てくれた、それに浮かれる気持ちはわかるけど、もうちょっと冷静になって欲しいものだ。
 やれやれと想いながら、仁に頼まれるまでもない、何とか連れ出せた陽大君の様子を窺った。
 ひと回り小さくなった陽大君、その横顔にはやはり疲れが滲んでいた。

 一刻も早く部屋に送り届けて、休んだ方が良いだろう。
 広いエントランスを抜け、連中に気づかれない様に扉から外へ出る。
 「あー…グラグラする…」
 「大丈夫ですか、宮成先輩」
 「んー…」
 ってあのね、何なんだ。
 「宮成先輩…陽大君の手を煩わさないで頂けます?酔いどれの貴方まで同行しなくても俺1人で十分です。警護は間に合ってますから」

 頬が引き攣っているのを自覚しつつ、ソフトドリンクからアルコールへ変遷し、それを調子に乗ってがぶ飲みしクダを巻いていた3年生組の姿を想い返した。
 卒業が近づくにつれ、この人達、妙な結束を固めてるけど。
 いくら1時代を築いた先輩方と言えども、無体は許さない。
 俺の目が黒い内は、もう2度と、陽大君への過干渉や悪企みは許さない。
 陽大君が無事に卒業できるその日まで、俺が平和で安全な学園生活のレールを敷いて見せるから。

 「いやいや…俺も帰りたかったし…でもちょっと待て、ちょっと座らせて…」
 人の決意も知らないで、何たる妨害だろう。
 冷ややかに睨みつけていたら、自分の体調や就寝時間も意に介さない、天使が動いた。
 「お顔色がよろしくないですね…凌先輩、少し休憩して行っても構いませんか?エレベーターホールの椅子に、ああ、でも人目につきますかねぇ」
 この人なんか捨て置けば良いし、何ならまだ夜は終わらないとハイテンションな会場(昴の部屋)に再び放り込んでも良いのに。

 心配で堪らないといった表情を浮かべ、支える様に頑丈な背中に手を添えている天使には、鬼の風紀副委員長として名を馳せた俺も敵わない。
 「このフロアの住人は皆、昴の部屋に居るから大丈夫。そうだね、少し休憩して行こうか。ごめんね陽大君…勝手に付いて来たこんな人の為に、ただでさえ遅い帰宅がますます遅くなってしまうね」
 「いえいえ、とんでもないことでございます」
 アワアワと首を振る天使の隣で、能天気に呻いている元会長に視線を投げてから、自販機へ足を伸ばした。

 酔っぱらいの為じゃない、陽大君の為だ。
 そうだ、そう考えよう。
 この広大な寮、まして此所は最上階で、陽大君の部屋まですぐにたどり着けない。
 ずっと立ちっ放しのパーティーだったし、ひと休みしてから帰るのも良いだろう。
 酔い醒まし用にレモン果汁入りのミネラルウォーターと、陽大君と俺用にノンカフェインの温かいティーラテを買って戻った。

 「わぁ、ありがとうございますー!」
 途端に嬉しそうに顔を綻ばせる、視界には天使だけ入れた。
 この笑顔をまた見る事ができて、本当に良かったと想う。
 謝罪も、話したい事も尽きない。
 陽大君の話も聞きたい。
 けれど全部、君が本当に元気になって、話したくなった時で良い。
 俺はいくらでも待つ、待ち続けられるから。

 今は、元気な姿を見れた事、その笑顔だけで良い。 
 誰も話さない、夜を邪魔しないクラシックが静かに流れる空間で、ゆっくりと沈黙を味わった。
 ポツリと、陽大君の呟きが響いた。
 「凌先輩も、宮成先輩も…他の皆さんにも、後日改めてちゃんとお礼に伺いますが…いろいろ、ありがとうございます」
 どこか照れくさそうな笑顔と、今はそれだけ言うのが精一杯といった口調に、胸が締めつけられる。
 間を明けず聞こえた、想わずこぼれ落ちた吐息の様な呟きに、更に衝撃を受けた。

 「俺は…やっぱりまだ…、柾先輩のことが、好き、です…」

 他にどんな表情もできないから、笑っている。
 そんな顔を目の当たりにして、俺に何が言えるのか。
 気の所為だろうか、宮成先輩も急に真顔になって、陽大君を見つめている様な気がした。
 気がしただけで、俺は陽大君に意識を集中していたから、わからなかったのだけど。
 「そう…そっか…」
 そうだよねと、寄る辺もない言葉しか出てこない俺を、陽大君は責めもせずふわふわとした笑顔を浮かべて頷いた。

 俺達は2人で困っていて、困った顔を突き合わせる内、どちらからともなく不思議なおかしさにとらわれて笑い合った。
 「もうそろそろ帰ろうね。陽大君、とにかくもう休まなきゃ。疲れたでしょう?」
 「実は、ちょっぴり疲れちゃいました」
 「そりゃそうだよ。いきなり無理させて悪かったね。もっと早く抜け出せたら良かったんだけど。立てる?歩ける?」
 確認しながら、手を繋いだ。

 ひんやりしたちいさな手を、守る様に繋いで歩いた。
 すべてはまた、ゆっくり眠って、朝が訪れてからだ。
 俺達の後ろをすっかり起きた様子で、難しい表情を浮かべて宮成先輩が付いて来ていた、そのシリアスさに俺は気づかないフリをしてやり過ごした。



 2014.6.19(thu)23:44筆


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