19.風紀委員長日誌ー父娘考察ー


 本日晴天、風は冷たく吹き荒ぶ、然れど良い夜也。
 濃紺の空一面に星々は瞬き踊り、月は煌煌と黄金の光を落としている。
 凛とした空気が学園全体を覆い、世界は静けさに満ちていた。

 数日続いていた、雪がチラつく程に厳しかった冷え込みが和らぎ、束の間の安堵を得る。
 まるでクンちゃんが帰って来る事を知っていたかの様な、穏やかな冬の初めだ。
 いや、流石クンちゃんと言う所か。
 君は学園の天気までも左右する、人間ばかりか自然にも愛される存在なのだろう。
 実際、あの日から暫く台風が続けて上陸したが如く、この山の天気は荒れたからな。
 関連性がないとは言えまい。

 それにしても、嗚呼クンちゃん。
 我が可愛いクンちゃんよ。
 (心の内であるならば、どの様な形容詞を付けようとも俺の勝手であろう?)
 よくぞ戻って来てくれた!
 よくぞ決意し、そのちいさな身体を押して尚、笑顔で帰って来てくれたものだ。
 君は勿論、勇ましきご母堂の御心の内は如何なる悲痛に耐えている事であろうか。
 正式に籍を入れていないとは言え、家族も同然の十八理事長の心中や此れ如何程か。
 
 俺は君を見くびっていたのやも知れぬ。
 痛ましくもひと回り痩せた身体には、けれど、気高くも熱い魂が宿っている。
 誰にも手出しできない、勇者の心が。
 嗚呼クンちゃん、君は真の勇者だったのだな。
 君こそ、真の男であろう。
 君と君の御家族に、心から敬意を持って接する事を誓おう。

 俺は初等部からずっと風紀委員に携わってきた。
 哀しい事件を数多く目に耳に入れ、幾度となく人の弱さを憂いたものだ。
 被害者も加害者も、双方弱くて脆い。
 しかし心に隙がある、弱いからだけでは片付けられない、人災というものは厄介だ。
 如何に屈強な男と言えど、予想だにしない事件に遭えば、それは傷付く。
 平気だ大丈夫だと虚勢を張っても、人から傷付けられた事実は、いつまでも人を蝕み続ける。

 まして暴行となれば、それは容易く人を歪ませるのだ、どちらの立ち位置をも。
 そうして去って行く人間を何度となく見送った。
 助けようが助けられまいが関係ない。
 間に合おうが間に合わまいが、それは問題ではない。
 どんなに女性の様に身を飾り立てても、男の矜持を他者に踏みにじられると、心が壊れる。
 己が納得していないのに手出しは許さぬと、守りに入って当然であるのに。

 クンちゃん、君は笑って前を向く事を選んだのだな。
 笑顔を絶やさぬ人間は、強いと言う。
 何故なら、笑顔で居る事は容易ではないからだ。
 己の機嫌や体調ひとつで左右される、繊細な感情の表れだ。
 笑顔で居続ける事は何よりも難しい、強く優しき心を保たねば不可能なのだ。
 けれど君は、誰より辛い目に遭ったのは君であるのに、笑うのだな。

 多少の緊張を残しながらも精一杯、皆に笑って見せ、ありがとうと言うのだな。
 休養後の身に障り過ぎぬ様に見張りながら、俺はただ感嘆するしかなかった。
 笑っている君は今宵、昴をも凌駕する、清々しく強いオーラを纏って見える。
 「はー参った参った。この会、父兄が混ざってんぞ」
 十左近がやって来て、置いて来たらしい所古を横目にボヤいた。
 宮成も加わり、成長した娘=クンちゃんの姿を目を細めて見守る所古を、呆れながら観察した。

 「所古は何気取りだ…アイツ、大丈夫か。うっわ、娘さんと目ぇ合わせてウンウン頷いてんぞ」
 眉を顰める宮成の視線を追えば、所古に向かってちいさく手を振るクンちゃんが居る。
 うむ、可愛いな、クンちゃんは。
 「いや、宮成…此所にも父兄居たわ」
 「お前もか、日和佐…まあ気持ちはわからんでもないけどな。兄気分、通り越すよな前って」
 「は?お前もか、宮成…何なんだ、俺ら」
 「ふっ、十左近も加わるが良い。3年は父親の素質有りだろう」
 「「「お母さんだった筈なのにな」」」
 
 ともあれクンちゃん、にわか父さん達は娘の幸せを、平穏な学園生活を何より願っているぞ。
 もう何事も君の身の上に起こらない様に。
 「しっかし…さっき片前に言われたけどよ。2年1年、なーんか動きそうだってさ。成勢が何か企んでんじゃないかって」
 「「何?!」」
 想わず喰いついた俺と宮成に、十左近は呆れた眼差しで苦笑する。
 「よもや更なる人災なんぞ起こすまい。そうじゃなくて、チビちゃんを巡って色恋沙汰が巻き起こんじゃねぇかってよ」

 色恋沙汰ぁ?!
 一成め、何を考えているって?!
 憤怒の顔になっているであろう、俺に十左近は目を細めた。
 「宮成には渡久山問題が残ってるから良いとして。日和佐、お前は良いのかよ」
 「あ?俺は何も残ってねぇっつの」
 ぶつぶつ言う宮成は気にならなかった。
 俺は良いのか、とはどういう事だ。

 「お前がチビちゃん見る目、確かにパパ然してるけど、何か別の執着も見え隠れしてんじゃん。どーせ卒業だし、参加した方が良いんじゃねーの」
 あまりの物言いに失笑が込み上げた。
 「はっ、何を馬鹿な。クンちゃんはクンちゃんだ。俺の目が黒い内は、愚かな小猿共にクンちゃんは勿体無い。誰の元にも嫁にはやらん!クソガキの恋慕など片端から成敗してくれるわ」
 「「クンちゃんって…何?」」
 ふん、誰が教えてなぞやるものか。



 2014.6.17(tue)23:05筆


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