17.無門 宗佑
はるとは、笑ってくれた。
怖くて怖くて、あの時もずっと怖くて、何もできなかったおれにも笑いかけてくれた。
一生懸命、謝ろうとした。
謝ってすむ話じゃない。
実際に傷を負ったのは、はるとだ。
季節が変わるぐらい、こんなにも長くお休みしなければ、戻ってこれなかった。
もう2度と会えなくなるかも知れない、そうなるのも不思議じゃないぐらいのこと。
おれがちゃんと、しっかりしていれば。
はるとを助けてあげられる力、今のおれにはあるのに、おれはまた、何もできなかった。
こーちゃんのこととか学園祭の忙しさとか、全部言い訳にして、逃げたんだ。
おれのせい。
いつも、おれのせい、おれが悪い。
おれが弱いから。
なのにはるとは、笑ってくれた。
謝ろうとしたおれに気づいて、ふるふるって首を振って、にっこりしてくれた。
「月曜日からまた、生徒会に参加させていただくことになったんです。無門さん、これからも生徒会の先輩として、よろしくご指導お願いします。無門さんの作られた生徒会マニュアル、すごくわかりやすいからとっても支えになっていて…また見せていただけますか」
おれが、はるとの先輩?
おれのマニュアル、わかりやすいって。
泣きそうになった。
はるとが居るだけで泣きそうなのに、もっと、胸の奥から何かがあふれてくるようで。
だけど、頑張って笑った。
それがこーちゃんとの、今日の約束。
ゆーみーがはるとのおかえりなさい会を開く、それに参加したいなら、
「そーすけは絶対に泣かない事。1番傷ついているのは陽大だから。お前が泣いて陽大を困らせるのは道理が違う。そーすけだって男らしく成長したじゃん?そーすけは強くなった。泣きそうになったらぐっと腹に力入れて耐えろ。約束、できるよな」
って、こーちゃんと指きりした。
守るんだ。
何もできなかったおれ、こーちゃんとの約束は守る。
辛い、苦しい、でももっと辛いのははるとなんだから。
喉の奥に塩味がたまったのを呑み込んで、笑って頷いたら、はるとは安心した顔になって、また笑ってくれた。
ニコニコのはると、いっぱい話したい。
でも今日はおかえりなさい会だから、おれだけが、生徒会だけが独占できない。
見慣れたこーちゃんの部屋を見渡せば、こんなにもたくさん、はるとを好きで、心配している人達が居る。
「あの子」には、おれしか居なかった。
はるとにはたくさん、友達が居る、ね。
それがイヤだった時もあったけど。
今も寂しいけど、良かったと想う。
こーちゃんが居てくれて、はるとが助かって戻って来て、ほんとうに良かった。
向こうで笑ってるはるとを見て、いつの間にかお酒に変わったフルーツ入りのドリンクを飲んで。
目を閉じた、一瞬でまた、「あの子」の顔が想い浮かんだ。
初等部の頃から、仲良しだった子が居た。
今想えば、はるとにちょっとだけ似てる、笑った顔が可愛い大人しい子。
本を読んだり絵を描くのが好きな、もの静かな子で、同じように大人しいおれと気が合った。
いつも一緒に居た。
特に何か話さなくても平気で、何故かわかり合っていて、一緒に居ても黙っていることが多かった。
静かな時間、空気が好きで。
大好きで。
大切な友達、だった。
きっと、こーちゃんにとっての旭みたいに。
おれ達は2人みたいににぎやかで明るくもない、目立たない存在だけど。
親友ってきっと、あんなふうなんだ。
ただ側に居るだけで、安心した。
ずっとずっと、友達でいようねって、ちいさな約束も交わした。
2人だけでいい、2人がいい。
そんなの、この学園では弱かったら通用しないのに。
中等部に上がってから、おれは急に生徒会入りした。
裏と表ではまるで違う顔を見せる、大人達の世界をちいさな頃から見てきたから、おれは人が怖くて信じられなかった。
まともに目を合わせたら最後、汚い世界を見たくないって、前髪で隠していた顔を、どこかで誰かが盗撮したらしい。
おれの素顔がキレイだって、勝手に評判になって。
家柄も成績も申し分ないって、生徒会に推薦されてしまった。
人の前に立ちたくないのに、おれは静かに暮らしていたいのに、どうして邪魔するの。
すぐ辞めるつもりだった。
内申点とか、学園での特権とか、人からチヤホヤされるとか要らない。
おれはあの子と、のんびり暮らすんだ。
だけど生徒会には、ムカつく先輩も居たけれど、こーちゃん達が居た。
おれをおれのままで受け入れてくれる、あの子とはまた違う仲間。
頑張れば頑張っただけ、誉めてくれる、認めてくれる人達の世界。
新しい世界が、おれは嬉しくて、必要とされることが心地よくて。
あの子とずっと仲良くしていたけれど、徐々に生徒会に居る時間は長くなっていった。
そんな時、事件は起こった。
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