16.所古辰の淫らでゴメンネ(6)


 何つーかねェ。
 「おおっとォ、チビちゃん。この不肖・先輩とも乾杯してくんなァ。ほい、カンパーイ!」
 「かんぱーい!所古先輩、片前さん、十左近先輩、その…ありがとうございます」
 弧を描く瞳に、うんうん頷き返すと、笑顔が返ってきた。
 皆まで言わずとも良い良い。
 そんな意味を込めて頭を撫でると、どこかぎこちなさが残る笑みを浮かべたまま、息吐く間もなくチビちゃんは他の野郎に呼ばれて去って行く。

 おいおい、病み上がりの身には少々厳しいんじゃないかィ?
 この面々、この賑やかさ、生徒会長だけに許された特別個室と、灰汁が強過ぎる。
 「…片前のボスはやはり読めんと言うか、強引と言うかなァ…」
 ポツリと呟けば、可愛くも恐ろしい子猫ちゃんがそれは艶やかに笑って、俺の口にドライアプリコットを放り込んできた。
 「根に持ちますね、所古先輩…?心から謝罪して解決した筈ですが、ご不満がお有りなのでしたら僕は今すぐ、」
 「いやいや、何の不満もございませんとも!」

 不満はないが、ねェ。
 俺の隣に変わらず居る、長年、身も心もパートナーだった(と信じていた)片前が、実は富田同様、柾昴の手の者だったとは、そりゃ俺ァ複雑になるさね。
 事が知れた後、だからと言って俺達が新聞報道部だと柾が知ったのは本当に偶然で、過分な情報は一切流していないとは子猫ちゃんの弁だが。
 それよりも、あんな事やこんな事を知られてんじゃないのかってェのが気掛かりだねェ、俺は。
 あの男に弱味掴まれてる様で気味悪ィ。
 
 柾の腹心の部下は他にも数名居て、何とタローちゃんまでそうだとか、あの日の騒動、柾含めたった4人で数10人のチンピラ駆逐したとか。
 痛ましいチビちゃんの事件と衝撃の事実がぶつかって、此所に居る誰もが麻痺してるが。
 実はとんでもない裏があった。
 底知れない柾の謎は深まるばかり、チビちゃんよ、そんな柾に付いて行って良いと本気で想ってるのかィ?
 お兄さんは、いや最早お父さんで良い、お父さんは心配だぜィ。
 
 生徒会復帰まで宣言しちゃったけど、どーせ直に冬休みだから負担は少ないだろうがねェ、そんなアヤシい男に付いて行っちゃいかん!
 この学園で手札を多く持ってて、本人も強いってェのは重要だけどねェ。
 そんなアヤシい男でも、チビちゃんを守るに最適なのはあの男しか居ない…のか?
 いつの間に誰かが混ぜやがった酒にヤラレたのか、お父さんは頭働かないよ。
 チビちゃんがちょっと緊張しながらも笑ってんのは嬉しいが。

 こりゃ迂闊に卒業できないねェ。
 俺がせめてまだ2年だったなら、娘(=チビちゃん)が上手く渡世を歩いて行ける様に導き、万全の策を施してやれるんだが。
 まだ時間はあるものの、如何せん限られている。
 どうしたもんかねェ。
 「いかん、十の字、水くれィ水」
 「あ?これぐらいで酔ったのかよ?」

 面倒そうな声を出しても、そこは十の字、親切に水を取ってくれる。
 「いやァ、可愛い娘が不憫でねェ…親心の辛さを噛みしめてるのさァ」
 「あぁ?何寝惚けてんだ…いや、酔ってんのか」
 ため息吐いて「俺は面倒見ないからな」と言い捨て、薄情にも日和佐や宮成の元へ去って行く相方、俺の隣には可愛くも恐ろしい子猫ちゃんだけが残っている。
 「大丈夫?あなたが酔うなんて、天変地異だね」
 
 くすりと小悪魔が微笑っている、最近ますます艶めいてきたのは、手札を隠さずに済む様になったからか。
 全てを明かしてくれた訳ではないだろう、この学園だ、人それぞれに事情はあると言えども。
 俺はやはり片前、未だにダメージを受けたままだ。
 まとまらない思考に冷や水を呷っていたら、レモンと氷が沢山入った水を手渡された。
 「はい。おしぼりで額も冷やすと良い。大丈夫、あなたの不調は誰の目にも可笑しく映らない。だって此所に居る人達皆、自分の感情だけで精一杯だからね」

 「此所に居る人達皆」、その中に片前は入って居ないんだなァ。
 心地良い冷たさに浸りながら、冷静な眼差しは畏敬でもあり、寂しくもある。
 それがお前の役目なのだろう。
 俺の隣に居ながらも、柾昴を守る為にお前は此所に存在して、周囲を怜悧に観察し、不逞の輩が居ないか目を光らせている。
 ずっとそうだったんだろうなァ。
 全てが嘘だったとは想わんよ、こうして俺を気遣う情の深さを知っている。

 けど片前、お前の生き方も、可哀想になァ。
 「所古様?」
 優美な仕草に引き寄せられ、耳を寄せたら淡く囁かれた、その内容に目が覚めた。
 「お気をつけ下さい、どんな時も。あなたの大事な娘さん、複数の狼から狙われていますからね。恐らく3学期始まれば、すぐ動きがあるかと。いつまでも不調を気取っていては卒業してもしきれないでしょう?」
 何ィ?!
 病み上がりの可愛い娘に、どこの不届きものが下衆な想いを寄せやがってる?!

 「つーか片前よ!何故、俺の心情を読んで…!」
 「わかりますよーバレバレです。あなたの顔ときたら!彼と再会してからずっと、父親の眼差しですもの」
 「おおお!」
 バレバレかィ!
 じゃあそこの日和佐とか宮成とか十の字が、ヒソヒソこっち見て気の毒そうな顔してんのは、そういう事かィ?!
 良いさこの所古、最後の大仕事してやろうじゃないか。

 ウチの可愛いチビちゃんもとい娘は、何処にも嫁にやらーーーん!!



 2014.6.15(sun)23:28筆


[ 633/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -