13.ずっと君を待っていた
俺がドキドキわくわくしている内に、エレベーターは最上階へと到着した。
おお、この瀟洒なエレベーターホール、相変わらず豪勢ですなぁ。
一成さんチにご厄介になって以来だけに、なんだか不思議な懐かしさを感じる。
あちこちピカピカに磨かれていて、塵ひとつ落ちていない、重厚な調度で整えられた空間だけど、冷たくない。
落ち着いていて温かみを感じるのは、創立以来ずっと大切に扱われてきた、壁や床を占める木材の効果なのだろうか。
あの頃は仁と一成と、このフロアを朝に夕に通り抜けて、楽しかったなあなんて。
もう何年も前のように想い返してしまって、我ながらおかしかった。
随分年をとってしまった気分だ。
養っていただいている途中の高校生なのに、生意気な心向きですねぇ。
いけません。
俺とて若人なのだからと想い至ったところで、いつの間にか左右に延々と壁が広がる中央、ひとつの扉の前に立っていた。
記憶が、また甦る。
先輩に差し入れした、まだ明けきらない朝のこと。
誰にも見つかりませんようにって、忍び駆け足でここまで来た。
とんでもなく広い内部が想像できる左右の壁を見て、圧倒されながら、この扉の把手に袋をかけた。
音を立てないように、そうっと慎重に。
妙に緊張して、同じぐらい妙に楽しかった、あの瞬間。
カードキーを手にしている先輩に、はっと我に返った。
「俺、廊下でお待ちしておりますので、取って来てくださいませ。マロンさまのブロマイド」
「は?マロン様のブロマイド?あるけど、何。欲しいの?」
「もちのろんでございますとも!え、と言うか、くださるのでしょう?その為に連れて来てくださったんですよね?」
「んな事、一言も言ってねえだろ。欲しいならやるけど」
舞い降りる沈黙、お互いわけがわからないといった風情で顔を見合わせていたら。
「ぶはっ!だからか!エレベーターん中でやけにニコニコ・キラキラしてんなーと想ったら、勝手に暴走してマロン目当てかよ!マロン出したら大人しく付いてくるとか…いや、そもそもマの字すら出してねえし!」
はい、始まりました。
今回は珍しく持ち堪えておられましたが、やはり先輩イコール笑い上戸、いくら俺の大きな勘違いが露呈したとは言え、ここまで笑いますか?
お腹を抱えて息も絶え絶えな姿、懐かしいけれども。
腫れ物をさわるように優しく気遣われるより、よっぽど気が楽だけれども。
「マロンさま関連じゃないのでしたら、これにて失礼いたします…ここまで何かと気遣ってくださってありがとうございました。お疲れさまでございました」
荷物を丁重に奪い返そうとしたら、先輩はヒーヒー笑いながら逃がしてなるものかとばかりに、俺の腕を強く掴んだ。
ちょっとだけ、ほんのちょっとだけだ。
怖かった時間、罵声と嘲笑が耳の奥に甦って、かすかにビクっと反応してしまった。
表情は変わってないと想う、だけど柾先輩はちゃんと気づいて。
一瞬目を見張り、すぐに手を離されて淡く微笑った。
「しょうがねえなあ、ちゃんとマロン写真やるから。ちょっとだけ付き合えって。すぐ済むし」
俺ったら、どうして。
どうして先輩は、いちいち気づいてわかってくださるんだろう。
何も言わない、瞳の奥すら揺らめかさない、その想いやり深さに胸が軋む。
「一体全体何ごとでしょう?はっ、まさかおいしい食べもの的な?!」
俺も気づかないフリをして、話を続けるのが精一杯だった。
「んー当たらずも遠からず?取り敢えずいつまでも此所にいたらおかしいだろ。入ろー」
当たらずも遠からずとは?
もう十分なのに、先輩はこの上まだ何を俺にくださろうとしているのか。
とにかく玄関先でお待ちすればいいかと、艶やかに輝く黒いカードキーで扉が開くのを見守った。
「はい、ただいまー陽大、おかえりー」
背中をとんっと押されて、おっとっと!
家主さまより先にお家に入るなんて、1後輩の分際で許されざる暴挙と、慌てて先輩を振り返ろうとした。
「ばる゛ぢゃん゛んん〜!!!お゛がえ゛り゛い゛ぃぃぃ〜!!!」
ら?!
「バッカ、うるっせえんだよ天谷っ!!前に出んなっ!!」
「「武士道こそ邪魔なんだもんっ」」
えっ?!
「狭ぇ!!寄んな、カスっ」
「こちらの台詞だ、馬鹿者」
「アッハッハ、お前らホンッとどうしようもないねェ!」
「所古様、貴方もね…」
「ウザい…」
「お前らっ!!ケンカはダメなんだぞ!!って言うか、オレが1番に言うんだーーー!!」
これは、何?
ぽんっと、後ろから伸びてきた温かい手が、俺の両肩に乗って、優しく前へと押し出された。
「「「「「お母さん!!おかえり!!」」」」」
2014.6.10(tue)23:12筆[ 630/761 ][*prev] [next#]
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