12.待ってたよ


 それからまた、促されるままに歩き始めた。
 懐かしい、夏までいた一般寮を横目にゆっくり歩きながら、とても先輩の隣には並べず、1歩下がった状態で後を追う。
 大きな広い背中を、時々こっそり見上げながら。
 見上げる度に胸がぎゅぎゅうっと苦しくなって、鼻の奥がツンとしたけど、目を逸らしてもまた、想わず見てしまうというのを繰り返していた。

 見なければいい、気にしなければいい。
 わかっているのだけれど。
 柾先輩が1人の人間として俺を買ってくれていること、必要だって仰ってくださっていること、何も他意はない。
 事件前後と変わらず、目をかけてくださっている意味を、俺は間違えない。
 婚約者さんがいらっしゃる方に、期待は愚か何を願うこともない。
 
 冷たい風が、先輩の首筋を吹き抜けて、髪を揺らしている。
 だけどこの人は微塵も揺らがず、堂々と背を伸ばしてまっすぐ歩き続けている。
 見据えている、未来がある。
 見ているものが違う、十八学園に対する想いの深さは計り知れない。
 恐らく学校のことだけではなく、ご自身の将来をも、きちんと見つめていらっしゃるのだろう。
 とても忙しくて、いろいろな方に慕われていて、たくさんのものを背負っている人。


 でも、やっぱり俺は、あなたのことが好きです。


 どうしても好きみたいです。
 忘れられなかったんです。
 お休み中に吹っ切れる筈が、こうして会って、言葉や視線を交わしてしまったら、ダメみたいです。
 それでももう、無視されたり、軽口叩くこともできなくなるなんて、あんなの2度とイヤだって想ってしまう。
 今想えば、この気持ちをなかったことにできる絶好のチャンスだったのに。
 
 どうしたらいいのか考えるまでもない。
 せめて柾先輩には絶対に気づかれないように、すぐにとはいかなくても、今がピークで後は下降していく気持ちなんだって、心しなくっちゃ。
 この学校に残る、生徒会活動を頑張るって決めたんだから。
 もし、身も心も全力で学校に捧げておられる、柾先輩が俺の気持ちを知ったらどうなさるだろう。
 それはとても怖くて、想像すら及ばない辛い状況で、改めて口元を引き締めた。
 
 「陽大、どうした…やっぱ疲れた?しんどい?」
 おもむろに振り返って足を止めた先輩に、ひょいっと顔を覗きこまれて飛び上がりそうになった。
 顔が急激に赤くなっていくのがわかる。
 「な?!な、なんですか!急にっ」
 こんなに動揺してちゃダメなのに。
 ダメすぎる俺にますます自己嫌悪して、視線が下がっていると、先輩の手がまた頭に乗った。

 「そこの窓に映ったけど、すげえ泣きそうな顔してたから。平気か?大丈夫?辛かったら遠慮なく言いな。さっきの話も、俺は陽大に無理して欲しくねえ。いつでも辞退して良いからな。つーかちょっと休んでく?それともおんぶ?はる姫様だけにやっぱ姫だっこ?」
 大真面目な顔の柾先輩が、なんだかおかしくて、塞ぎこんだ気持ちが少し上昇した。
 ほんとうに、どうしてこんなに優しいんですか。
 俺にまで優しくしていたら、先輩のほうが大変なのに、どんどんお疲れさまになってしまう。

 「大丈夫です。お気遣いありがとうございます。寒いなぁと想って目を細めただけで…もう寮も見えてますしね。行きましょう!」
 元気なところを見せようと、拳を振り上げたら。
 「ん」
 両手を差し伸べられて、きょとんとなった。
 「何です?」
 「ん」
 「何です」

 不可思議な押し問答の後、先輩はあくまで大真面目に一言。
 「だから、抱っこしてってやっから早く来いよ」
 「………慎んでお断り申し上げます…」
 「な…!何と酷い…はる姫、あの月夜に誓った私達の愛は夢幻だったと仰るのですか…?」
 「迫真の演技中、誠に申し訳ございませんが、お付き合いできかねますので俺は先を急がせていただくで候。先輩、来年の体育祭もさぞご活躍なんでしょうねぇ…敵に回すと恐ろしいことこの上ない」

 「まあな?今年の十八アカデミーも総ナメしたし。俺様に敵は居ないっつーか?」
 「はいはい、左様でございましょうとも。あ、そこの電灯に頭ぶつけないでくださいねー」
 「酷ぇな、陽大…いくら俺が背ぇ高いっつってもそこまで当たんねえっつーの。つーか元気なら良かったけど〜あーあ、この学園ナンバー1を誇る男前、色気と美貌と頭脳と体力とカラダまでも兼ね備えた俺様が折角抱っこしてやるっつってんのに…断んのなんか陽大ぐらいだぜ?」
 「………」
 「コワっ!何、その汚らわしいものを見る目!お前、そんな顔もできんの?!コワっ!お母さんなのに…うっわ、今度は絶対零度の眼差し!冷たっ」

 いいんだ、このままで。
 このまま何も知らさず知られず、先輩後輩の関係を保ったまま、再来年に先輩は卒業していく。
 それでいい。
 平気な顔を作り続けるんだ。
 ふざけた会話を続けながら、特別寮のフロアに到着し、エレベーターに乗った。
 先輩は最上階のお部屋にお戻りになるだろうと、自分の階と合わせてボタンを押そうとした。

 「あ、そうだ。陽大、体調が大丈夫なら、ちょっと渡したいものあるから。俺の部屋に来いよ」
 渡したいもの?
 まさか、マロンさんのブロマイド?!


 
 2014.6.9(mon)23:49筆


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