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「わかった…じゃあ、最初から話すな。聞きたくなかったら遮って良い。いつでも中断するから遠慮すんな」
「はい」
冷たい木枯らしが吹く。
だけど、甘いチョコレートドリンクのおかげで身体はポカポカで、何より、柾先輩の声が深く落ち着いていたから、寒さを感じなかった。
俺は大丈夫、強がりじゃなくそう想えた。
「先ず、一舎達はもう学園に居ない」
名前を聞いてぎくりとなった瞬間、耳を疑う。
もういない?
「一舎がけしかけた実行犯達は、下界でガラの悪い奴らとチームを組んで幅利かせてた。ちょっと複雑な話っつか、俺は中等部から知ってたんだけどさ…一舎は奴らと仲が良いわけじゃない。身体が弱い事もあって標的にされ、酷く苛められてた。何度か事後を見かけた事もある。けど現行犯で見つけられず、一舎に協力を申し出ても断られた。被害者が黙秘するなら動けねえ、マークだけ付けてたんだが…」
先輩の真摯な瞳が苦し気に揺れ、それでも光を失わず俺を見つめた。
「実行犯共はその前科と下界での悪行合わせて退学、チームは壊滅。残党も1人残らず居ないから安心して良い。一部に俺の親衛隊が関わってた、そいつらは停学扱いになったが自主退学していった。一舎は…体調が悪化して名目は停学で療養中だ。遠方の病院に入院してるらしい。俺は奴らの肩は持たねえけど、奴にも事情があって、家の都合で退学は許されないそうだ。恐らく復学するけど、留年は免れないだろう」
いろいろな、嫌な手触りの記憶が甦って、握り締めた拳が震えた。
言い知れない想いがたくさん、駆けめぐる。
怖い、だけど。
ひどく苛められていたって。
体調が悪化して入院までしているって。
一舎さんは一体、どんな傷を抱えていたんだろう。
柾先輩が手を差し伸べても拒絶して、こんなことになってしまって。
華奢な肩と青白いお顔を想い出して、どれだけのことを耐えていたのかと苦しくなった。
俺はあの1回だけでとんでもない怖さを味わった。
一舎さんはまさか、何年もずっと?
誰にも助けを求めずに、ずっと独りで、どうして。
「一舎さん…大丈夫でしょうか?お身体も心も…きっとボロボロですよね…」
柾先輩が息を吐いた。
「陽大らしいな。どんな事情があるにせよ、首謀者は一舎だから、陽大が心配する道理は無え。ただ復学してくるけど、陽大は大丈夫か」
自分がいかに恵まれているか、その時、急に想い知った。
俺はこうして柾先輩に気遣っていただいたり、母さんや十八さんという心配してくれる家族がいる、友だちもいる。
大丈夫じゃないわけがない。
いつも誰かが温かく見守ってくれているのに。
「俺は、平気です。一舎さんがどうして俺を標的になさったのかわかりませんが…なんらかの事情があることを知って、少しホッとしました。無作為で動機がないのでしたら、ほんとうに怖いままでしたが…」
柾先輩はどこか辛そうに微笑って、俺の頭を撫でた。
「陽大の母君が来た時、一舎を平手打ちしてさ」
「え?!」
「命の在り方を淡々と説いていった。直接責められ罵倒されるより、相当堪えたみてえだ。俺も久しぶりに子供を叱れる大人を見た。それでちょっと目ぇ覚めたらしく、一舎から陽大へ謝罪の手紙預かってる。もう少し落ち着いてから渡すな」
「母さんったら…なんだかすみません。我が母ながら気っ風がいいと申しますか何と言いますか」
もごもご言いながら、ふと想い出した。
「柾先輩、我が家にお花、届けてくださいましたよね」
「ああ、下界に用があった時に行った」
「その節はありがとうございました。その時、母が先輩がケガしてたと言ってたんですけれども、もう大丈夫なんですか?顔にもいっぱいアザがあったって、何でまたそんな…」
「んーちょっと野暮用で。気にすんな、もうないだろ。すぐ治ったし、今は陽大の話が先」
確かにすっかり、生粋のイケメンさま元通りだけれど。
首を傾げる俺に、先輩は言葉を続ける。
「陽大の出席日数だけど、日頃の態度が物を言ったな。事情も事情だし…真面目に授業受けて役員活動も頑張ってたから、試験で平均点取ったら補習もなく免除だってさ」
「う!うう、左様でございますか…それは困りましたね…」
「何で。俺特製の対策プリント、ちゃんと見た?アレこなしときゃ大丈夫だって。あと、勉強会みっちりで楽勝だろ」
「ううう…ガンバリマス」
うーん、最大の難関が立ち塞がってきましたねぇ。
薄々予想はしてましたけれども。
お家で優しい十八先生と家庭学習しておりましたけれども。
ふうとため息を吐く俺の頭を、先輩がよしよしする、なんだかシュールだ。
「あと、生徒会の事だけど」
そうだ、俺は今後どうなるんだろう。
はっと顔を上げたら、真剣に困り顔の柾先輩に見つめられた。
2014.6.1(sun)23:41筆[ 627/761 ][*prev] [next#]
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