11.子供たちと〜
「いけません…!!」
想わず上げた大声に、ざわざわしていたクラス内は、俄に静まり返ってしまった。
目の前の天使さんも、隣の席の美山さんも、かちーんと固まっている気配。
天使さんに至っては、もともと大きな瞳が、ますます大きく見開かれている。
わ、わー…!
想っていた以上の声量と効果…天井が高いから反響がすごいのかなぁ…に我ながらびっくりしつつ。
コホンエホンと、頼りない咳払いを何度かくり返して、落ち着きを取り戻した。
美山さんを振り向いて、案の定、構えられていた拳に、そっと首を振った。
「美山さん、いけません」
「……てめぇは、コイツがどういうヤツか、」
「美山さん」
「……っち…コイツがどうでも、てめぇは誰が相手でも、笑ってられんのかよ…」
付き合いきれねーと呟く美山さんに、笑ってみせた。
「心配してくださってありがとうございます」
「!俺は、別に…」
「ただ、俺と天…じゃないや…こちらの御方とのお話は終わっていませんし、美山さんが振りかざしている拳は『昨日と同じ拳』です。昨日の今日で更に腫れるかも知れません。ね、お収め下さい。
それと、こんな立派な机と椅子を乱暴に扱うのはちょっと心苦しいです…きっとずっと大切に生徒さんたちが使われて来て、新学期の度にていねいに磨かれて…そういう歴史があるものだと想いますし、これから席順がどうなるのかわかりません。つまりどなたさまがこちらに座るかわからないものですから、もう少し動作を静かに心がけて頂けたら…と、誠に僭越な個人の意見ながら想います。勝手ばかり申し上げてすみません」
美山さんはぷいっとそっぽを向かれて、でも、今度は静かに席に座って足を組まれた。
その途端、天使さんが呆れた笑いを零した。
「…はっ…アンタ、なんなの…?美山様に対して偉っそうに!ワケわかんない御託並べちゃって…どんな関係?!平凡で七五三のクセに生意気…!!」
相変わらず目の前にある、白い指。
「あなたの指は、人を差すための指ですか…?違いますよね。
この指はもしかして、ピアノなど楽器を弾くための指ではありませんか…?いずれにせよ勿体ないです、折角キレイな指なのに」
彼の顔色はそれとわかる程に青ざめ、指を庇うように空いた手で包みこみ退けた。
「な、に…?!キモい、何でそんな事…!!」
「余計なことを言ってしまい申し訳ありません。友人にピアノを弾く人がいて、俺は一切楽器ができないものですから、どうしてそう器用に弾けるものかと観察させてもらったことがあります。指は、ピアノと接する大切な架け橋だから、手入れを怠らないのだと聞きました。その指にとてもよく似ていたので、つい口にしてしいまいました」
「なんなの、アンタ…意味わかんない!!キモい!!」
今度は顔を赤くして、視線を逸らす天使さん。
「話しかけてくださって、ありがとうございました」
びくんっと、ちいさな肩が震えた。
ほんとうに怖がらせてしまったというか、気味悪がらせてしまったかな…?
「あなたが仰る通り、俺は平凡で、取り立てて目立つ所もなく、こちらの制服も似合っておりません。けれど俺は、この学校へ入学できて、ここにいることがうれしいです。
美山さんとは寮が同室で、なにかと不慣れな俺を気にかけてくださり、とても助かっております。もちろん、俺単独でこの学校に馴染めるように精一杯努力致します。ご忠告ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀した。
「………僕の名前は、『あなた』じゃない……」
「はい?」
「合原心春(あいはら・こはる)だ!今年度生徒会長、柾昴(まさき・こう)様の親衛隊を中等部から務めている!お前…『すすめ』とか言ったな、柾様やその他親衛隊持ちの皆様にご迷惑かけたら許さないんだからね!!……それとっ、ピアノは…趣味だ!」
「はい!あいはらこはるさん、ですね。これから1年間よろしくお願い致します」
「…ふん!別に、そういうんじゃなくて…牽制なんだからね…!」
「はい」
どんな漢字を当てるんだろう…「こはる」さん、天使さんによく似合ったお名前だなぁ…
ぼんやり考えていたら、隣の席…美山さんがいらっしゃる反対側…から、ぶはっと盛大な笑い声が聞こえた。
2010-05-18 10:20筆[ 63/761 ][*prev] [next#]
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