それからしばらく無言で歩き続けた。
 お行儀悪いながらポケットに両手を入れて、缶の温かさに癒された。
 すごく懐かしく感じる敷地内を眺めつつ、1歩1歩踏みしめるように歩いた。
 数週間休んでる間に、ほんとうに冬になってしまったんだなぁ。
 木々の葉はすっかり色づき、枯葉の上をカサカサと音を立てながら柾先輩と進む道程は、言葉がなくても不思議な安心感があった。

 一緒にいて会話がないって、結構気まずいものだと想うのだけれど。
 仲のいい友だちでも、すこし途切れて間が空くと、お互い話題を探し始めるものなのに。
 先輩の雰囲気がいつになくやわらかくて、優しい気遣いが惜しみなくあふれているから。
 無言でも気にならない、逆にそのことが気がかりになるぐらい。
 灰色の空が、ちっとも冷たく見えない。
 吐く息はこんなに白くて、氷のように冷ややかなのに。

 ふと、嫌な記憶が甦りそうなエリアに差しかかり、少しばかり肩が震えたのを契機に、慌てて口を開いた。
 こんな姿見せたら、ますます気を遣わせてしまう。
 俺はもう大丈夫なんだから、十分すぎる程に良くしていただいているのだから、せめてちゃんと元気でいなくちゃ。
 「…マロンさんの、お写真…ありがとうございます」
 「ん?あー、どういたしまして」

 先輩の態度も言葉もさっきと変わらず、ほっとした。
 「おこた、もう出してらっしゃるんですね」
 「実家の衣替え、割と早いからさ。マロンのやつ、こたつ大好きだからなーかぶりついて離れねえみてえ」
 「うんうん。マロンさんに1票でございますとも。あったかいですものね。いかにお可愛らしい偉大なわんこさんのマロンさまと言えども、あの魔力には逆らい難いでしょうとも」
 深々と頷いたところで、はっとなった。

 この流れはまた、バカ笑い病を誘発するのでは?!
 まったくどこが笑いどころなのか、あまりの沸点の低さ、理解し難いですけれども久しぶりに見たい気もしますねぇ。
 怖いもの見たさ?
 1種の郷愁ってやつでしょうか。
 バカ笑いを拝見したことで、帰って来た〜っていう実感を得られるというか。

 うんざり半分期待半分の心持ちで身構えた、だけど柾先輩から返ってきたのは、再会してからずっと固定されている、穏やかな微笑だけだった。
 「確かにこたつはヤバいよなー。陽大、寒がりっぽいから好きそう」
 「なっ!俺のどこが寒がりだと?」
 「そのモコモコっぷりでわかりますー何枚着てんのソレ、っつーぐらい着込んでるじゃん。マフラーぐっるぐるだし、一瞬私服に見えたぐらい内にも外にも着てんだろ。ウチの制服、防寒には特に力入れてるから元々重装備なのにさー」

 「…今日、寒いじゃないですか…柾先輩とてスマートに見えて実はヒートテック重ね着されておられるでしょう」
 「いーや、俺、代謝良くて体温高いから。指定服以外着てねえ」
 あろうことか、この寒空の下でコートのボタンをオープンにし、中を見せてくる先輩の軽装備っぷりにわざとらしく眉を顰めながら、視線を逸らした。
 「…結構なことでございますねえ、自家発電できるなんて…ふん、何、俺とて大人になればいくらでもスマートなデキる男になるんですけれども」

 くしゃっと頭に乗った手に、身体中がポカポカになっているなんて。
 きっとあなたは、何も知らないんだろうな。
 知らないから、そんなふうに俺の目の前で優しく微笑って、気安く頭を撫でられるんだ。
 「何ブツブツ言ってんだよ。陽大はもう十分男前でデキる男じゃん。寒がりぐらいでムキになんなってー」
 「ムキになってなどおりませんが。先輩、笑い上戸病は完治されたようですね?まぁ、別段面白いことなど申しておりませんけれども」
 すぐに離れた手の持ち主は、一瞬きょとんとしてから目を細めた。

 「完治してねえけど。強いて言うなら、心境の変化」
 「ほっほう。もう3年生になられるんですものね」
 当たり障りなくと心がけながら答えつつ、やはり俺のことを気遣いすぎていらっしゃるんだろうと、胸の辺りが鈍く痛んだ。
 いつも通り、何もなかった平和な時には、もう戻れないんだ。
 確定されている現実に、街路樹を眺めるフリをして横を向き、こっそりため息を吐いた。 



 2014.5.29(thu)23:59筆


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