7.ここに居ていいんだよ
近寄っても、いいのかな。
先輩はこんなところでどうなさったんだろう。
二言三言なら話しかけても大丈夫かなあ。
今日は土曜日でここは学校の外れだ、生徒さん方に目撃される心配は少ないけれど、しっかりランニングする体育会系さんたちに遭遇するかも知れない。
柾先輩からお声をかけていただけたとは言えども、いいんだろうか。
ああでも、せめて一言、ご迷惑おかけし続けているお詫びとお礼がしたい。
メールのことも。
戻ってきた1番の理由、会いたいと想っていた人にいきなり会えたことを実感して、心臓が早鐘を打ち始める。
数歩進んだところで、おろおろと立ちすくんでいたら、ふと腕時計に目を落とした先輩が、何気なく呟くのが聞こえた。
「早かったな。早めに待ってて良かった」
「えっ」
木々を渡る冬の風の音と重なって、聞き間違いかと動揺した声を上げたら、先輩は静かに微笑った。
「陽大を迎えに来た。十八さんに無理矢理聞き出して。行こ」
手招きされて、慌てて近寄った。
「お迎えって、待ってたって…こんな寒いところで…しかも柾先輩、諸々の行事でまだずっとお忙しいでしょう?期末試験も近づいているのに…って、待ってください、荷物、」
お山は冬モードだからと十八さんに聞き、電気ストーブや毛布や冬用衣類やら、かさばる荷物は先に送ったけれど、手持ちできる食料や諸々は持参していた。
話している間にさらっと「持つ」と奪われて、そう重くはないけれど、だったら尚更自分で持って行くと手を伸ばす。
「いーからいーから。代わりに陽大はコレ持ってて。あげるけど、1本は俺のだから」
「はい?え、あったかい…って、もしやこれは!!」
渡された温かい2本の缶入りドリンクに、目がまんまるになって釘づけになった。
そんな俺に歩き出すように促しながら、柾先輩が悪どいお顔でニヤリと笑う。
「そう。特寮最上階自販機、冬季限定入荷の」
「こ、これが伝説の『シンプルチョコレート・ホット』!泣く子も黙る、ご機嫌ナナメの仁や一成もたちどころに大人しくなるという…諸先輩方も買いだめすると噂の、最上階エリアで熾烈な争奪戦が繰り広げられる魅惑のドリンクさま!」
「買うの大変だったんだぜ?すーぐ売り切れるからさー、商品入れ替えのタイミング狙って走ったっつの」
まぁまぁ、どうしましょう!
寒くなったら一緒に飲もうねーって、仁と一成と楽しみにしていたドリンクだ。
ほんとうにゲットするのが大変なんだと2人共、秋口から険しい顔をしていた。
その伝説のドリンクを易々と我が手にする日がくるとは。
相変わらず悪どいドヤ顔の先輩を見上げて、手の中の温かい缶を見て、また先輩を見て。
「ありがとうございます」
「どういたしましてーポケット入れてあったまってな。今日すげー寒いし」
頷きながら、しみじみと胸の辺りが熱くなった。
「…ありがとう、ございます…」
「お易い御用でございます。俺の部屋から1番近い自販だし」
快活に微笑う横顔を見ていられず、足を止めた。
「いろいろ…ご迷惑かけて、今までちゃんとご挨拶できず、申し訳、」
同じく足を止めて振り返った先輩に、精一杯頭を下げてお詫びしようとしたけれど、それは静かな瞳と視線が合い、黙ってかぶりを振られた。
喉まで出かかった言葉が、ふわっと粉雪のように消えていく、そんな瞳だった。
「陽大が謝る事は何1つない。陽大は何も悪くない。謝るのは俺だ。俺が読み間違えた。謝って済まねえ話だけど、本当に悪かった…ごめん」
潔い程に深く頭を下げる先輩に、心臓が止まりそうになった。
「そんな!柾先輩に謝っていただくことなんて…!助けていただいたのに、いえ、いつも助けていただいてばかりで…とんでもないです。俺が、」
俺が悪いのに、言わせてもらえなかった。
また黙って首を振った先輩は、ゆるやかに、少し切なそうに微笑って。
「うん。お互いの言いたい事って何となくわかるからさ…陽大と俺じゃ謝罪合戦になるだろ。日ぃ暮れても延々と続けそーじゃん。でも今日やそこらで吹っ切れないだろ。これから時間かけるとして…チョコ冷めるし、取り敢えず行こう。陽大の気持ちはいつでも聞く、俺もちゃんと話すから。ちょっとずつゆっくり話そう」
これから時間をかけて?
ちょっとずつ、ゆっくり?
柾先輩と以前のように、またお話できるのだろうか。
いや、話そうって言ってくださった。
持ちかけられた、これは提案だと理解した途端、じんわりと目の縁や頬が熱くなったけれど、寒さの所為だと想った。
そう想うことにして、やっと前を向けた。
「はい…あの、でも…ほんとうにいろいろ、ありがとうございます」
笑って頷いた、優しすぎる表情をとても直視できなくて、今にも雪が舞いそうな凍えた空を見上げてごまかした。
2014.5.27(tue)22:50筆[ 624/761 ][*prev] [next#]
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