5.ここに居ていい?
あ、メールだ。
ということは、朝だ。
新しくなった携帯が軽やかな音を立てて鳴って、それで目が覚めて、手を伸ばす。
今日は、何だろう。
少し緊張しながら開いて、送り主を見てホッとする。
開封するといつもと同じ、無言のメールに添付された写真だけがカラフルだった。
それは木々の合間から零れる光だったり、花壇の花々だったり、森に身を潜めている鳥や小動物の姿だったり、青々とした芝生に慎ましく咲くちいさな花だったり、食堂や購買の料理だったり、日に因って様々だった。
毎日、柾先輩から淡々と送られてくる、十八学園の写真たち。
先輩の目には、こんなふうに映っているんだなあ。
先輩はいつも、十八学園のこんなところを見ていたんだなあって。
視点を知れて嬉しいのと同時に、不思議と心が安まった。
今日は、朝の空が切り取られていた。
短い秋が終わろうとしており、近づく冬の凛とした空気が感じられる、深い紺色の明け方の空に粛々と昇る朝日の姿。
まるで先輩みたいだなぁ。
白い星々が浮かぶ空に、温かいオレンジ色の光。
しばらく眺めた後、おまけの写真に気づいた。
先輩の愛犬、マロンさまがこたつに潜りこんで、嬉しそうに舌を出している写真だ。
自然と笑顔が浮かぶ。
もうご実家ではこたつを出されたのかな。
わんこさんもおこたの魔力には逆らえないんですねぇ。
優しい写真の数々に、心がほこほこしながら、寝返りを打った。
そう、柾先輩の写真は、とても優しい。
やわらかい空気に包まれている。
写真を眺めていると、無機質な機械越しなのに、その空気にまるごと包みこまれるようで、とても安心して、少し泣けた。
優しいんだ、先輩は。
いっぱい迷惑をかけた、とんでもない醜態ばかり見せた俺にも、まだ優しく接してくださる。
どんな言葉より温かい写真の数々に、俺がどれだけ助けられていることか。
お礼を言いたい。
助けていただいたお礼も、ちゃんと言いたい。
だけど、またお会いしていいんだろうか。
このまま姿を消したほうが、何よりも先輩のお役に立てるんじゃないだろうか。
ぎゅっと目を瞑った時、ノックの音がして、慌てて目を擦った。
「陽大、おはよう。具合はどう?」
「母さん…おはよう」
「熱は…大分下がってきたわね。良かったわ。今日は昨日より食べて貰いますからね?」
朗らかに笑って、家事でひんやりした手が離れていく。
ちいさな子供みたいで情けなくも恥ずかしい話、こうして毎朝、額に触れられるのが嫌じゃない。
起き上がりながら、母さんが運んでくれた朝ごはんのお盆の上に、花束があるのを見つけた。
「それ、どうしたの?」
何気なく聞くと、鬼の首でも取って来たように得意気な笑顔になった。
「超!超!イケメンからいただいちゃったの〜!いいでしょ〜?!」
「…超!超!イケメンって…母さん、ホントに面食いだよね…」
「あら、大事なことでしょ!イケメンや可愛い女の子は世界を救うのよ!国の至宝よ!見ているだけで華やかな空気になるじゃない?元気のエナジーよ!」
拳を握りしめる母さんに、もう苦笑いしか浮かばない。
ふと、母さんが穏やかな笑顔を浮かべたまま、俺を見つめた。
「真面目な話、お見舞いはぜーんぶお断りしているの。あなたの熱はずっと高かったし、絶不調だったでしょ。今はあまり何も考えず、ゆっくり休んで欲しかったから、折角気遣っていただいても陽大の負担になると想ったのよ。元気になるまで待ってちょうだいって、お友達皆にストップかけたの」
「母さん…」
「だけど、流石の母さんも昴君だけは断れないじゃない?」
「へっ」
まさか、この花束?!
目が点になる俺に、母さんはにこにこ笑って、その頬は心なしか赤く染まっている?!
「昴君、この土日で実家にご用事があったんですって。朝方、学校へ戻る前に寄って下さったのよ。寧ろ上がってゆっくりして行って!って想わずお誘いしかけたわ〜ホント吸い込まれそうなイケメンよね〜うっとりしちゃった!しかもこーんな鮮やかなブーケ…白バラとラナンキュラスとガーベラのオレンジが綺麗よねぇ…男前でセンスも良いなんて…『朝早くから急にお約束なくご訪問してすみません…どうかお大事に…』ですって、キャー!わかる?!母さんのこの再現率、すごくない?!」
「わ、わかったから…お、落ち着いて…」
十八さんが居なくてよかった。
母さんったら、すっかり柾先輩のファンになっている。
「んーでも、折角の母さん至上イケメン君なのに、あちこち怪我してるみたいで心配だわー顔までアザだらけだったのよ。昴君の顔を傷付けるなんて、何処のバカ坊っちゃまの仕業かしら?」
許せなーいと憤る母さんに、また目が点になった。
先輩が怪我って、どうしたんだろう。
「手負いの獣っぷりもワイルドで良いけどーあ、そうそう。それでね、折角来て下さったし、陽大に何か伝えましょうかって聞いたのよ」
「え…」
母さんがにっこり、笑う。
「『待ってる』って」
強い瞳がすぐ想い浮かんで、どんな表情でいればいいのかわからなくなった。
「それだけお伝えください、ですって。本物の男前は発言も男前なのねぇ。母さん、ますますファンになっちゃった!」
鼻歌混じりにお盆にのせてきたらしい、花瓶に花束をきれいに生けて、ベッドサイドのテーブルにことんと置かれた。
「ねえ、陽大。あなたはずーっと母さんのために頑張ってくれて、我慢してきたでしょ。お友達にもお友達のことを優先して接してきたでしょ。それは良いことだし、あなたの優しい所が私も皆も好きだわ。だけど、もう何も我慢しなくて良いのよ?あなたの気持ちを言葉で現して良いの。学校のことも、陽大の想う様になさい。あなたが退学を選んでも休学を選んでも、すぐ戻ったとしても、私も十八さんも誰も責めません。いつでも良いわ、陽大が話したい時に陽大の気持ちを聞かせて。母さん個人としては、もっと休んでいて欲しいけどね」
頷くのが精一杯だった。
母さんは微笑ってお盆を残し、「少しでも食べるのよ?後でまた来るわ」と言い置いて静かに去っていった。
瑞々しい花たちを見つめる内、俺の視界はぼやけ、膝を抱えてやり過ごした。
2014.5.25(sun)23:44筆[ 622/761 ][*prev] [next#]
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