1.やるせない想いの行く末
我ながら馬鹿げていると想う、お前に言われずとも。
俺のやり方は子供じみていると、どこか冷静な自分が居る。
お前を殴ったからと言って、時間は戻らない。
それに陽大は、こんな事態を僅かにも望まないだろう。
けれど引き返せない。
この激高は吐き出される場所を探している。
どれだけ殴った所で気は治まらない、矛盾しているが。
息を吐いて、姿を見るなり殴り続けた、無抵抗で無力な身体を見下ろす。
「…言った筈だな、昴…陽大を傷つけるな、何かあったら許さないと…あれだけ偉そうな御託を並べておきながら、何だこのザマ?聞けばてめぇの采配が狂った結果じゃねぇか。あ?何か言う事あるだろう…?お得意の弁論はどうした?」
「「「「「何とか言え、ゴラァ!!」」」」」
ぐっと襟首を掴み上げて立たせると、変わらずされるがままの状態から、顔だけ上げた。
瞳だけは、死んでいない。
ギラリと暗闇に宿る、生き生きとした鋭い光に、流石に息を呑んだ。
怒りで興奮していた周りも、ただならぬ気配に1歩後退した様だった。
これがただの諍い、日常の延長であるならば、俺達は誰もお前に手を出せない。
力の差を想い知らされたのは数瞬で、自嘲に満ちた声に、再び目の前が怒りで染まった。
「…だから言ったろうが…好きにしろ、ってよ」
怒りのままに散々痛め付けた身体を、待ち詫びていた野郎共の中央へ引きずり捨てた。
呻き声1つ上げない、その忌々しい姿をこれ以上見ていると、完全に我を見失ってしまいそうで、背を向けて号令を下した。
「やれ」
途端に四方八方から襲いかかる、容赦のない騒音と罵声から離れ、様子が見えないカウンター席に着いた。
如何に無抵抗とは言え、鍛え上げた肉体を殴るには、こちらも無傷とはいかない。
衝撃に腫れる手は、微かに震えていたが、構わず携帯を握る。
陽大の痛みに比べれば、こんなものは何でもない。
今頃、どうしているのか。
俺はどうすれば良いのか、どうすれば良かったのか。
側に飛んで行きたい、今日程に居ても立っても居られない夜はない、だがあまりに酷い傷を負った陽大は、誰とも会いたくないだろう。
電話もメールも憚られる。
俺に出来る事は何だ?
陽大、俺はどうすれば良い。
何をしてやったら、俺の側に戻って来る?
また笑顔で会える日はくるのか。
このまま、会えなくなったら?
胸から雪が降り出す様に冷えた感情に、携帯に触れる手が、唯一の連絡手段を破壊せんと震える。
やはり足りない。
いっそ昴の命を奪えば良いのか、それぐらいの対価がなければこの想いは鎮まらない。
1度落ち着いた席から離れ、ゆらりと立ち上がったと同時に、地上に繋がる扉が大きく音を立てながら開いた。
冷めた靴音を立てて下りて来たのは、大介だった。
昴と同じく、こいつも制服姿だ。
「…呼んでねぇぞ、大介。何しに来た」
短く問うと、俺と真っ直ぐ目を合わせ、突然の来訪者に暴行の手を止め、怪訝な視線を向けている連中を見渡し、最後に唯のサンドバックと化した、床に転がる昴を見つめた。
不気味な程、静かな瞳だった。
この従順な下僕の見た事のない顔に、激しい感情が凪いでいく。
「もう良いじゃないですか」
「…あぁ?」
「もう良いでしょう。連れて帰ります」
当然の様に紡がれた言葉、一礼し、俺の目の前を通り過ぎようとする腕を掴む。
いや、掴もうとしたが淡々と振り払われた。
どんな命令にも逆らわない大介が、初めて俺を拒否した、自然に目を見開く。
「…何の真似だ、大介」
感情の読めない、落ち着き払った瞳が俺を射抜く。
腹を括った者の顔だと、そう感じた。
「俺も貴方も、はるとを助けられなかった」
突き付けられる真実に総毛立つ感覚に陥った。
「窮地を救ったのは紛れもない、柾先輩です。何もできなかった人間が、後から誰を責めても何も変わらないばかりか、ちょっと先の未来だって暗いでしょう」
「大介、てめぇ…誰に何を言ってんのかわかってんのか…?」
「家には話して来ました。今から美郷様に歯向かって来るけど、ごめんって。クビにするなり一族から外すなり、相応な処遇をお与え下さい。音成一同、覚悟の上です」
大介は軽く息を吐き、深々と頭を下げてきた。
「美郷様、今まで大変お世話になり、ありがとうございました。温情を掛けて頂いたご恩にお応えきれず、最後はご意向に添えず誠に申し訳ございません」
ですが、と前を向く。
迷いのない眼差しが、地に伏す男と同じ光を宿す。
「柾先輩を愚弄しないで下さい。美郷様自身に返る刃となります。誰より奔走し、はるとを守ろうとしていた、この人の払った犠牲には残念ながら…誰も敵いません」
俺も悔しいですと、苦笑して。
プライドの高い大介がそうまで言って、昴に肩を貸し、去って行く姿を直視もできず、いきり立つ連中を宥めるだけがやっとだった。
2014.5.20(tue)23:59筆[ 618/761 ][*prev] [next#]
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