10.いよいよ、お母さん、
美山さんが扉を開いて、先を歩いてくれた。
俺も後へ続きながら、初めて入る、これから1年を過ごす教室の中をドキドキと見渡した。
広々と取られた、クリーム色の壁と天井。
古びていい味わいが出ているピカピカのフローリングの床。
濃い木肌がうつくしい、これまたよく磨かれた個々の机には、デザインチェアーだろうか、同じチェリー材のフレームと黒い座面の椅子。
天井から腰の高さぐらいまで大きく取られた、鉄のサッシの回転窓には、たっぷりとしたオパール・グリーンのカーテンが、ていねいに編まれた金色のタッセルで留められ掛かっている。
教室の後方には、白い扉のロッカー。
その上の壁にはちょっとした黒板と、A5版ぐらいの絵画が銀色のフレームの中に収められ、いくつか飾られている。
前の黒板は上下稼動式の大きなもので、教卓は生徒の机と同じチェリー材の立派なものだった。
教室ひとつ取っても、見応えがある…!
でも、あまり観察しているヒマはない。
席に着いていないのは、美山さんと俺だけ。
他のクラスメイトさんたちは、既にきちんと座っておられる。
席は決まっているのだろうかと想っていたら、美山さんが真ん中、後方に空いていた2席を視線で示してくださって、隣り合って腰を落ち着けた。
教卓の真上にかかる、アンティークの風合い漂う、英数字で描かれた壁掛け時計を見ると、ちょうど9時を差したところ。
なんとか間に合った…!
ほっとして。
隣のクラスさん…B組かな…?
そちらからはなにやら話し声や、一斉に椅子を引く気配がするのに、このクラス内はずっと静かなままで、担任の先生がやって来られる気配もない。
どうしたんだろう…???
ぼんやり、首を傾げていたら。
「――…アンタさぁ、外部生なんでしょ」
前の席に腰かけておられた生徒さんが、急にこちらを振り向かれた。
うわぁ…なんだか、かわいい御方だなあ…!
ふわふわのハニーブラウンの髪、白い肌にバラ色の頬、ぱっちりした二重瞼、大きな茶色のアーモンドアイ、繊細な造作の鼻筋と唇…
天使さんって、こんなかんじじゃないだろうか?
そう想わせる、すごくキレイでかわいらしい御方だ。
ただ、すこしも笑っていらっしゃらなくて、空気が硬いのがもったいないけれど…
それは仕方がない、初対面だし、入学式当日の新学期だし…
「はい。はじめまして!おはようございます。本日から高等部の生徒となります、前陽大と申します。まだ右も左もわからないふつつか者ですが、よろしくお願い致します」
笑ってあいさつしたら。
その天使さんは、目を見張った直後、眉を寄せた。
「はぁ…?誰が自己紹介しろっつったの?誰もアンタと仲良くしようとか想ってないし。勘違いしないでくれない?!」
「はい、そうですよね」
「はぁあ?!」
「仰ることはご最もだと想いますが、これから1年間こちらの教室でお顔を合わせることになりますので、ご挨拶だけでもと想いまして…お気に触ったなら申し訳ありません。差し支えなければ、改めましてあなたのご用件をお伺いしてもよろしいでしょうか」
天使さんは、眉を寄せたまま、俺の顔を凝視した後。
ため息を吐いて、がたんっと音を立てて立ち上がられた。
「外部生のクセに、美山様と登校して来ただろ…?厚顔無恥にも程があるって注意してやろうとしてたんだよ、七五三君。どんなヤツが来るのかと想ってたら、こんっな平凡で冴えないチビガキ!皆ガッカリだし!お前、超目障り。その制服も似合ってないし、庶民は庶民らしく下界に居なよ!ママの元へ帰ったらぁ?ま…どうせ3日も経たない内に、泣いて逃げ帰ることになるだろうけど…?」
目の前に振りかざされた、人指し指。
周りから聞こえる、さまざまな笑い声。
そして、隣の席から、荒々しく立ち上がる音が聞こえた。
2010-05-17 23:45筆[ 62/761 ][*prev] [next#]
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