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 「皆…前君の為に集まり、奔走してくれてありがとう。ご苦労様だったね」
 硬い空気をほぐす様に、わざと穏やかな声を張る。
 大人の痛ましい笑顔を見つめ、この人だって堪えているのだからと息を整えた。
 「理事長、一先ず前君は静養が必要だと想われます。柾の手当が効いてよく眠っていますが…熱が高いので移動させるのは心苦しいものの、静かな場所に居る方が心身共に休まるでしょう」

 その時、遅れてやって来た保険医の宇加津が、静かに状況を伝えた。
 陽大の様子を先に見て来たのだろう、的確な指摘に理事長も頷く。
 「ありがとう、宇加津先生。僕もそう想って、前君の保護者を呼んでいる。そろそろ着く筈だから、皆、話はそれからだ」
 そう聞いて、「案内は俺がします」と申し出た。
 従者達と旭の気遣う表情に首を振り、理事長の返事も待たずに「すぐ戻ります」と部屋を出た。

 学園祭の喧噪は遥か彼方だ。
 少し傾きかけた陽を見上げる。
 理事長の采配で、恐らく武士道テリトリーに近い裏門に呼び出している事だろう。
 そう見当をつけて早足で歩く。
 直に祭りも終焉を迎える。
 愚か者達の処遇を決め、今日の説明を生徒達につけて、明日は学園祭2日目で。

 事態を落ち着かせ、平静に務めるのが今の己の役目。
 深呼吸し、秋めいた空気を肺の中に取り入れ、疲れ切った空気を入れ換えた。
 首に掛けた、肌身離さない兄弟達との絆の証を握りしめる。
 そうして学園の事を片づけたら。
 彼らの力を借りて、為す事がある。
 その前に1度、あの男と会わねばならないか。

 様々に想いを巡らせながら着いた先には、タイミングよく車を降りる、1人の女性の姿があった。
 こちらをくるりと振り返る、どこか凛とした眼差しの小柄な女性は、陽大と通じる柔らかな雰囲気も有していて、昴を認識するなり涼やかな笑顔を向けた。
 「…はじめまして。理事長に言付かり、お迎えに上がりました。高等部生徒会長を務めております、2年の柾昴と申します。いつも陽大君にはお世話になっております」
 より深くなる笑みに、陽大のにこにこ顔が重なって、胸が軋んだ。

 「はじめまして。ご丁寧なご挨拶、傷み入ります。前陽大の母です。お迎えだなんて、わざわざありがとう。お願いしても良いのかしら」
 「はい、勿論ですが…その前に、今回の件でお話があります」
 深々と頭を下げた。
 「この度の件、全て私の責任です。至らない私の所為で息子さんを傷付ける結果を招いてしまい、本当に…申し訳ございません」
 皆まで言い終わらない内に、そっと肩に触れた手が、彼の頭を上げさせた。

 「謝らないで、柾君。あなたのこと、十八さんからも陽大からもよく聞いているわ。聞いていて心配になるぐらい…ね。あなた1人の責任ではありません。何もかもあなたが背負う必要もありません。
 事件の多い学校だと言う事は、私も陽大も十八さんからよく聞かされていたの。それでも陽大はここに入学したいって希望して、私も容認した。十八さんが陽大を守ろうと奔走してくれたこと、武士道くん達や友達が気遣ってくれていたこと、あなたが心を砕いて目をかけていてくれたこと…知っているわ。だから謝らないで」

 「…すみません…」
 「あなただって怪我をしているじゃない。あの子を助ける為に無茶をしたんでしょう。ありがとう。ちゃんと手当てしなさいね」
 母親然とした眼差しに、居たたまれない気持ちになった。
 案内しますと先導して歩き始める。
 何か敵わないものを感じる。
 けれど落ち着いて見える彼女とて、心中穏やかである筈がない。

 しかし母は強しとも言う。
 「ふふ…本当に男前ねぇ。十八さんの賞賛以上だわ。それにお父さまやお兄さまとよく似ていらっしゃるのね。将来のイケメン度が想像できるわぁ」
 「…やはりご存知でしたか。その節は父や兄が…家族がお世話になりました」
 「とんでもない!こちらこそ皆さんのおかげでどんなに助かっていたか…お客様としても一流で、素敵なお酒の嗜まれ方だったわ。いつもご来店を心待ちにしていたのよ」

 「父も兄も皆、お店を畳まれると知った時は酷く残念がっていました。良いお店がまた1つなくなると…俺は十八さんと親しくさせて頂いているだけに複雑でしたが」
 「ふふ、どうもありがとう。好きな仕事だったから残念だったけど、未練はないのよ。陽大をずっと1人にさせてしまっていたし…あの子ねぇ、夏休み中ずっとあなたの話をしていたわ。よっぽど尊敬してるのねぇ。男らしさに憧れがあるのよ、1人っ子だから兄弟にも憧れているし」
 快活に笑って、また、想いやり深い母親の眼差しに射られた。

 「柾君、うちの男共をよろしくね。これからも仲良くしてあげてくれる?十八さんも陽大も、あなたのこと大好きだから。私が言うのも変だけど」
 だけどと、前陽子は前を向く。

 「今は陽大を連れて帰ります。後のことは家族で話し合って決めるわ。けれどその結果はあなたの責任ではないから、勝手に背負うことを私は望まないし許しません。人伝手に聞いただけでも、あなたの苦労はわかっている。
 お父さまやお兄さまだって、あなたがボロボロになることを決して望んでおられないでしょう?あなただってまだ高校2年生、ちいさな子供ではないと言っても、もうすぐ大人になるにしても、物事には限度があります。
 あなたはもっと自由で良いのよ。私はそう想う。陽大を助けてくれたことにはすごく感謝しています。本当にありがとう。でもお願いだから、これ以上無理をしないで」

 温かく包み込まれる様な言葉に、抱えた強張りも解れる様で。
 やっと少しだけ、微笑う事ができた。
 「キャー笑うともっと男前ね!」とちいさく歓声を上げる彼女を、恭しくエスコートしながら礼を述べる、王者の瞳には何の迷いも浮かんでおらず、真っ直ぐな光が戻っていた。



 2014.5.12(mon)1:02筆


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