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 意識を落とす様に寝入ってしまった、陽大を抱えて外へ出る。
 神妙な面持ちをして控えていた従者達と、短く現状確認をし、指示を出す。
 そのまま人目につかない道を選び、1番近場の武士道のテリトリーへ彼を運び込んだ。
 主要メンバーを集める様に告げ、彼を別室に運び、手当てをする。
 他所のテリトリーで勝手知ったる我が城の様に横行する、自分を責める者は誰1人居なかった。

 居ないどころか、あまりに痛ましい陽大の姿を誰も見ていられない様で、部屋に入って来る者さえ居なかった。
 昏々と眠り続ける彼は、発熱しており、その額に氷で冷やしたタオルをのせる。
 そうしている内に指示を出していた従者の1人、一平が戻って来て、彼の着替えになるものを置いて行った。
 着替えさせ、水分補給させと、甲斐甲斐しく世話を焼く主君を、一平はもう一言も責めなかった。

 隣室にメンツが集り、更に別室には一舎も風紀に拘束させていると、従者の一員、片前がやって来て控え目に声を掛けた。
 片前に陽大の世話を頼み、ゆっくり立ち上がる。
 額に優しく触れ、髪を撫でた。
 その動作を、片前も一言も発さずに見守り、部屋を出る主君に頭を垂れた。
 部屋を出た廊下には、表舞台には上がらない従者、晴海(はるみ)の姿があり、彼もまた主君に一礼し、警護する様に先導した。

 隣室には憔悴し切った顔がいくつも彼を待ち受けており、淡々としているのは彼の従者ばかりだ。
 太朗が一礼と共に素早く近寄って来て、一舎が集めた輩は一先ず下界に任せた旨と、この件に関わった在校生の処分は保留だと短く告げた。
 頷き、辺りを見渡す。
 「こ、昴っ、はるとは…っ?!」
 理事長と目が合う前に、九がまっ青な顔で声を上げた。

 大丈夫だと告げると同時に泣き出す九を、心春が慰め、部屋の隅へ連れて行く。
 その心春自身も泣きそうだった。
 いや、全員、酷い顔だ。
 「理事長、すみません。全て俺の責任です」
 今朝、出張から戻って来たばかりの理事長に、深々と頭を下げる。
 「昴君……いや、柾君。君のお陰で前君は無事だったのだから…」

 無事?
 無事なんかじゃない。
 続く理事長の労りの言葉は、まったく聞こえなかった。
 身体は犯されなかった、だから間に合ったと言えるのか?
 無事なんてとんでもない、陽大は心身共にボロボロだ。
 顔も身体も手足も殴られ蹴られ、心までも踏みにじられただろう。
 
 もう戻って来ないかも知れないのだ。
 もう2度と笑えなくなるのかも知れない。
 1度心に深い傷を負えば、それは生涯忘れられない、いつまでも苛まれ続ける事を、自分は少なからず知っている。
 そんな姿を家族の内に、一族の内に見てきたのだ。
 すべてはこれからなのだ、事件はいつまでも終わらない。

 例え原告側を一斉に葬ろうとも、もう2度と、何もなかった頃の陽大は戻って来ない。
 その傷は本人にしか負えない。
 此所に居る全員も少なくないダメージだろうが、無論、本人に匹敵するものではない。
 拳を握りしめる。
 被害が最小限に済もうが、命があったら万々歳だろうが、人には再生能力や忘れる力があろうと、これからだ。

 でもそんな事をこの優しい人に訴えるわけにはいかず、黙って呑み込み、堪えているしかなかった。
 「これから」陽大と共に在る、家族であるこの人を、「今から」追い立てるなんて残酷な事、できるわけがない。
 いつの間にか側に立っていた、何とも言い難い表情を浮かべ、故意にだろう、そっと腕を触れさせている親友の存在がなければ、気が狂いそうだった。



 2014.5.11(sun)23:47筆


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