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下卑た笑い声、醜悪な言葉、何もかもがこの身を通り過ぎて行く。
立ち上がったチンピラと、顔面蒼白の一舎、全員がこちらに興味を持っている事を、視界に入れて。
片手で額を抱え、一瞬目を閉じた。
笑えた。
不思議と、可笑しくもないのに口角が上がる。
喉を震わせる彼に、流石に馬鹿なチンピラ共も不穏なものを感じ取ったのだろう、多勢の余裕を乱して威嚇が始まる。
「何とか言え、ゴラっ!!」
「ナニ笑ってんだよっキメーんだよっ!!」
「恐怖で頭おかしくなっちまったってかー?!」
「カッコ良く駆けつけた割にでくの坊かよ?ビビってんじゃねーよっ!!」
「逃げようったって手遅れだぜ、会長サン?」
「アンタの飼い犬にすげー家のヤツ居るだろー?いくらアンタでも逆らえないよねー」
「コッチはなぁっ、外では名の知れた、」
閉じた目を開いて、手を下ろした。
「もう良い、黙れ」
王者の厳命が、低く響き渡り、命在るものすべてが口を閉ざす。
風すら静かになり、小鳥は歌を止め、行く末を見守る様に木々の葉先で息を詰める。
呆然と圧している、彼らとの間合いを詰める。
異常な緊迫感を、王者の規則正しく刻まれる靴音が煽る。
10人は下らない多勢に無勢を、全く意に介さず、その淡々とした瞳に宿っているのは天辺に居る者だけが自らの体内で飼い馴らす、狂気の光だけで。
「ひっ…ひぃっ!!」
思惑通りに恐怖に駆られた、気配を察し易いらしいチンピラ1人がこちらへ向かって来るのを見据え、冷徹に急所の1つ、鳩尾を潰した。
断末魔の声すらなく、あっさりと落ちた仲間の様子に震え上がる彼らを見渡す。
ヤケになった彼らが、様々な手口で次々と飛び込んで来るのを、冷静に受け流し、1人1人の急所を仕留めた。
実行犯の主格と見られるヤツ1人だけは、その恩赦を与えず、苦しみ悶える痛みを的確に受けさせた。
這いつくばり、自身の流した液体の中でもがく愚者を、深い双眸に焼きつけ振り返る。
カメラを抱えて顔を白くさせ、小刻みに震えている一舎がいた。
何の抵抗なくカメラを奪い取り、コンクリートに叩き付け、破壊したソレの欠片を輩共の塊へ向けて蹴りつける。
身も蓋もなく声にならない悲鳴を上げて、情けなく逃げ去るチンピラ達の背中を顎で示した。
「てめえも行け」
短い命令に震え、足をもつれさせながら力なく去って行く。
すべてを何の感情の揺らめきもなく速やかに片づけ、安全をもたらしてから。
王者の眉間は悲痛に歪み、ギラついた凶暴な光は消え失せ、その瞳がここへ来て初めて惑った。
冷たいコンクリートの床に背を預けたまま、固く目を閉じている少年は、ピクリとも動かない。
動きたくても動けないのか、微かに上下する胸で生きていることが確認できる。
裸同然に破り捨てられた制服と、全身に浮き上がる無惨な傷は、目を背けたくなる痛ましさだったが、逸らさずに息を呑んで見つめた。
これが自分の行動の結果なのだ。
自分が逃げる事など許さない。
返り血をハンカチで拭い、乱闘の直前に脱ぎ捨てていたブレザーを陽大の身体にかけ、その側に膝まづく。
絞り出した声は、我ながら情けない程掠れていた。
「…陽大…陽大、もう大丈夫だ」
こんな時に、ありきたりの陳腐な言葉しか浮かばず、唇を噛み締める。
それでも呼びかけずにはおれなくて、何度かちいさく続けた後に、閉じられた瞼がかすかに震えて。
2014.5.11(sun)20:44筆[ 613/761 ][*prev] [next#]
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