79.その背に負うもの


 彼に開けられない扉はない。
 天国への門も。
 地獄への門も。
 彼の前に開かれない扉はない。
 望みさえすれば、道は至る所に広がり、人々は膝を折り頭を垂れる。
 様々な思惑を瞳の内に隠して。

 けれど光は、すべてを照らすのだ。
 如何に深遠なる闇も、たった一筋の光に敵わない。
 

 学園祭の喧噪に紛れ、乗り込んで来たのだろう。
 今日は1年の内、唯一十八学園が外部の訪問を受け入れる日だから。
 入学希望の生徒の為であったり、父兄へのお披露目であったり、同等の各校への牽制であったり、いずれにせよ然るべき招待状があれば侵入は容易い。
 大抵は子供側の良しとしない諸々の事情や、招待された側の交通の不便さへの辟易や多忙に因り、毎年招待客の来訪は少ない。

 少なくて良いと想っている。
 ただでさえ大きなイベント時は警備の問題が深刻で、外部侵入を許すとなると新たな問題が多発し易い。
 内々の行事で良いのだ、精々初等部や中等部、OBが訪れる位で良いではないか。
 そう想う反面、いつか己の家族を招待するのだという私情と、ごく一部の生徒がこの日を心待ちにしている事もあり、大々的に反対した事はない。

 それを今、強く後悔している。
 行く道を邪魔する輩共を薙ぎ払い、後に続く従者の「「此所はお任せを」」の声に短く応じながら、ご丁寧に鎖まで巻かれた錠に手を掛ける。
 後悔するのは、後だ。
 脆弱な迷妄を心中で叩き斬る。
 今為すべき事に集中する。

 息を整えて一瞬、煮えたぎる怒りを1点に集中し、手刀で鎖を斬った。
 錆び付いた鍵に動じず、カードキーを差し入れる。
 解錠音に安堵する間はない、扉が重いのは知っていた。
 何ら躊躇わず蹴り付けた、歴史を刻む建造物を粗末に扱う不義理より、生身の人間の無事が一大事だ。
 突如、大轟音を立てて開いた扉、室内一杯に差し込んだ日差しに、薄暗がりに固まっていたチンピラ共が一斉に顔を上げ、振り返った。

 あらかじめ目をつけていた輩も居れば、下界で見かけた輩も居る、知らない顔の方が多い様だ。
 惚けている奴らの隙間に、力なく横たわる白い肌が見え、目を凝らした。
 それが走り回って探していた渦中の人物と視認できた瞬間、息が止まった。
 周りが無音になった。
 ただひとつ、自分の鼓動だけが聞こえた。
 胸を叩くそれは、激しく荒ぶった感情の音。

 あまりの怒りに身体中の血液が沸騰してしまうのではないかと、生まれて初めてブチギレた感覚を味わった。
 まともに立っていられなくなりそうで、無意識に足を踏ん張る。
 駄目だ、これは。
 抑えられない。
 許さない。

 誰1人、許さない。

 「へぇー…?会長サンのお出ましですかー?たった1人で?お供はどうしたんでちゅかー?」
 「イイ度胸じゃーん!ナイト気取りですかーかいちょー!」
 「てめー1人でナニが出来るってんだよ、あぁ?!」
 「喧嘩道で連勝だからって図に乗ってるー?対1でしか相手した事ないでしょー?」
 「それともお愉しみに混じりたいってヤツー?アンタ、相当遊んでるってーウワサだしねー!」
 「コレが此所の生徒会長サンか…ふーん、すっげー美形じゃん?」
 「何ならてめーも姫役ヤっちゃう?お母さんだけじゃ物足りなさそーでさー」




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