72.それでも歩いていく


 好きな人から嫌われても、朝はくる。
 時間は淡々と流れていく。
 明日は、いよいよ学園祭だ。
 2日間かけて行われるお祭り、今日は半日かけて総仕上げをし、放課後には前夜祭が行われる。
 どちらのクラスもクラブさんも同好会さんも、朝から熱気がすごくて、とっても楽しそうだった。

 生徒会としてあちこちバタバタしながら、いいなぁって想った。
 明日は心春さんと穂さんと、すこしでも見て回ろうねって約束している。
 武士道のクラスやバスケ部さんなら、トラブルなく顔出ししても大丈夫だろうって。
 廊下の壁に貼りめぐらされた、各自趣向を凝らされたポスターを見ながら、ふと1点に目が留まった。
 「2ーA/ホストカフェ」かぁ。
 柾先輩と旭先輩のクラス、きっと大騒ぎで大繁盛なんだろうなぁ。

 その近くには、講堂で行われる演芸会のポスターが貼ってある。
 生徒会として、演劇発表してるって仰っておられたっけ。
 毎年、柾先輩は十八アカデミー最優秀賞受賞と、クラス模擬店1位を獲得しておられるって。
 何をされても大活躍でトップに立たれるんだなぁ。
 観に行きたかったななんて、図々しくも厚かましいことをつい想ってしまう。
 ズキズキと痛む胸を抑えた。

 どうしようもないぐらい、距離が空いているのに、俺の気持ちはまだ変わらない。
 これじゃますます嫌われるだけじゃないか。
 ふと、話し声が聞こえて我に返った。
 生徒会のお使い中なんだから、しっかりしないと。
 あのまま解任されるかと想ったら、まだ首は繋がっているようで、どなたさまにも何も言われないし、お仕事も振っていただいている。

 辞めるように勧告されるまで、このままでいいんだよね。
 周囲を窺うように過ごしながら、どうにか学園祭を迎えようとしている。
 このお祭りが終わったら。
 休日の間に、自分の身の振り方をちゃんと考えよう。
 いつまでもこのままではいられないもの。
 柾先輩にご迷惑ばかりかけ続けたくない。
 
 気もそぞろに歩いていた所為か、避けたつもりが、前方から来られた数人の方々とすれ違いざまにぶつかってしまった。
 無様に手をつき、その拍子に抱えていた書類が四方八方に散る。
 「す、すみません!お怪我ございませんでしたか?!」
 慌てて顔を上げたら、ぶつかった方々は平静に立っておられたので胸を撫で下ろした。
 にっこり笑顔を浮かべられ、つられるように頬が緩んだのも束の間。

 「ザマァ!いい気味っ」
 「カッコわるーい、何なのその格好!」
 「生徒会は一流の人しか入れない筈なのにー」
 クスクス笑いと軽やかな足取りが遠ざかっていく。
 俺は立ち上がり、散らばった書類を拾い始めた。
 せめて踏んで欲しくなかったなぁと想いながら、手を伸ばした先に、他人の手を見た。
 「片前、さん?」

 ぼうっとしている内に、片前さんは黙々と書類を集め、まとめてくださった。
 そればかりか、服についた埃を払ってくださり、ハンカチまで貸してくださった。
 「はい。怪我はない?」
 されるがままだった俺は、快活な声音にやっと反応した。
 「すみません!ぼんやりしてしまって!何から何までお手数おかけして…」
 「気にしないで。困ってる人を助けるのは当然でしょ」
 それは清々しい笑顔で書類を渡してくださって、「ありがとうございます」と懸命に頭を下げた。

 片前さんは笑みを刻んだまま、俺の瞳を覗きこむように見つめた。
 「うん、その調子!」
 「えっ?」
 「前君、よく頑張ってるね。そのままもうひと踏ん張り!下を向いちゃダメだよ。いつも前を見て歩くんだ」
 どこか懐かしさを感じる、全身に温もりが行き渡る言葉。
 気づいたら、片前さんはもういなかった。

 『この先もう人前で視線下げんな』
 「はい…」
 片前さんと、もう1人に、届かない返事をして。
 口元を引き締めて、書類をしっかり抱え直し、顔を上げた。
 さあ、もうひと踏ん張り!
 今日はまだまだ残ってる、お仕事もある。
 まっすぐ前を見つめて、今度は誰にもぶつからないように気を回しながら、歩幅を大きくして足を速めた。



 2014.5.6(tue) 20:49筆


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