71.一舎祐の暗黒ノート(7)
最高だ。
「まさかアノ柾が、可愛がってた前陽大を公衆の面前で無視するなんてネェ…!」
時は完全に満ちた!
この時を待っていた!
もう十分だろうと準備は進めていたが、最後の最後に決定打をプレゼントされるとは。
目くらましの作戦かと疑ったが、アレ以来、彼らは接触を断っている様だ。
「柾の庇護が外れた前陽大…何て哀れな…」
まさにこちらの思うがまま!
乾いた笑いが、無機質な部屋に反響する。
秩序なく壁に張りつけられた、数十枚の写真が無言でそれを見届ける。
非難するつもりか、生意気に。
込み上げる笑いの合間に気に触り、幾度突き立てたかわからない、ハサミの切っ先をめちゃくちゃに、いくつもの瞳に振りかざした。
消えろ消えろ消えろ消えろ消えろ
全部だ、全部
消え失せろ
全員、地獄を見れば良い
大事に大事に守り続けた、可愛いアノ子の絶望と凄惨な姿を見て
仲良く手を繋いで堕ちるが良い
口を吐くのは変わりない歓喜の呪詛。
いや寧ろ、邪なお前達は己の内に潜めていた淫らな欲を、解放させてしまうだろうか?
イヤラシく他人の手で乱された姿に、更に醜悪な欲を抱くのだろうか。
「汚いんダヨ、お前ら全員…!!」
壁を抉る勢いで刃を突き立て、沸き上がる嫌悪感に息が上がった。
いよいよ迫る華麗で淫猥なショーを前に、倒れている暇などないと言うのに。
「ハァ…厄介だ…」
額に滲む冷や汗を拭った時、携帯電話が耳ざわりな音を立てた。
少し肩が揺れたが、対象はもう己ではないと、口角を歪める。
『おう、一舎ちゃーん。どうよ案配はー?』
名乗りもしない不快な声も、今や天国近しと囁く天使の声に等しい。
眉を顰めながら、穏やかな声を絞り出す。
「首尾は上々デスヨ、先輩。会長の隊のコが協力的デネー決行は予定通り、よろしくお願いしマス」
『そりゃ愉しみだ…「両方」好きにして良いんだろ?けどあんなチビ共よりもよ、柾の隊の上玉チャン達のが好みだけどなぁー』
ギャハハと下卑た笑いが、相手の背後から複数人分。
人数用意するのは任せておけと、やけに張り切っていた。
このやかましさ、一体何人の仲間が居るのか。
今夜、ヤツらは学園内に居ない。
よもや外部から引き入れるつもりだろうか。
「…ソレは先輩達の御自由にお任せしマス」
『ハハハっ、お前も大概悪人だな。コワー』
まぁ好きにすれば良い。
派手に動いてもらえればもらう程、こちらとしては有り難い。
柾の鼻持ちならない親衛隊共とて、用が済めば鬱陶しいだけ。
全員まとめて墜ちてくれたら万々歳だ。
そう、お前らも誰も彼も駒に過ぎないのだから。
もうこの身を好き勝手などさせるものか。
コレで全部終わりだ。
『けどよー、万一不発に終わったら…わかってるよな、祐クン…?つーかセンパイを使ってくれちゃってるお礼はちゃんとしないとなー』
一際大きな笑い声が耳をつんざく。
けれど、もう身体はピクリとも震えなかった。
「わかってマスヨー…ククっ」
『あぁ?何か言ったか、オイ』
「承知しておりマスと」
『フン、なら良い。じゃーな、当日ヨロシク頼むぜ。盛り上げる為に禁欲してっからよぉ』
「こちらこそよろしくお願いしマス」
猿山の猿達が。
乱暴に切られた携帯を虚ろに眺め、床に叩きつけてやろうとし、思い留まった。
コレがないと、素敵なショーの連絡に支障が出る。
全てはその日の為にあるのだから。
その為に耐えに耐えてきたのだから。
「クククっ……アハハハハハ!!ハーっハハハハハハハハ!!」
笑いはいつまでも止まない。
とりわけお気に入りの1枚に歩み寄り、とうにズタズタになっている写真に、更にハサミを突き立て破る。
暗闇に銀色の刃が光り、未練がましく張りついていた瞳の欠片が、はらりと落ちた。
まるで、誰かの涙の様に。
「バイバイ、お姫サマ、王子サマ」
壁には艶やかな着物の柄だけが、頼りなく残されていた。
2014.5.6(tue)15:45筆[ 604/761 ][*prev] [next#]
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