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廊下の喧噪を楽しく、ちょっぴり羨ましく眺めつつ歩いていたら。
「前」
「あれ、美山さん。こんにちは」
たくさんの生徒さんが行き交う中、廊下が交差している分岐点で、左の角からふいに美山さんが現れた。
「こんにちはってな…まー良いけど…今から生徒会か」
頷いたら、途中まで一緒に行くって仰ってくださって、並んで歩くことになった。
「美山さん、4限からお姿見えませんでしたが?」
「あぁ?あー、早メシ食って寝てたらこんな時間になった」
「早メシ!まぁまぁ…よろしくないですけれども、食堂行かれたんですか?」
「おー。そういや食堂のウエーターが何か言ってた。お前に、いつでもスペシャル裏メニュー作るってよ」
「わぁ、きっと熊田さんですね。いつもよくしてくださるんですよー最近お弁当続きなので近い内に是非!」
しばらく疎遠になっていた美山さんと、また当たり障りない会話ができて嬉しいなぁ。
中庭でお会いして、トラブルから助けていただいてから、距離感はあるけれど話しかけてくださるようになった。
授業にまともに出ず、フラフラしていらっしゃるのは心配だけど、こうしてかち会った時には、一緒に歩いてくださる。
すごく心強い。
俺も武士道で喧嘩の腕を磨くか、何かしら武道の鍛錬を積んでおくべきだった。
暴力を振るわれることはないし、穂さんがお強くていらっしゃるから、今まで回避できているけれど、もし…俺1人の時にそういうことが起こったら、我が身を護る術と言えばこの足の速さだけが頼りなんて。
それだけ皆を頼ってきたし、皆に守られてきたということ。
学園祭が落ち着いたら、護身術を習いたいって母さんや十八さんに言ってみよう。
俺とて男子の端くれ、大切な人たちに守られてばかりなんて情けない。
決意新たに歩き続けていたら、急に美山さんに袖を引かれた。
何だろうと見上げた美山さんは、険しいお顔で前方を睨みつけるように見ておられ、その視線の先を追ったら。
柾先輩がいた。
1人で歩いておられるようで、迷いなくまっすぐ、こちらに向かってこられる。
急にざわめくその場と同時に、肌が粟立った。
どうしよう。
今朝だって生徒会で顔を合わせている、でも人目がある場所で偶然お会いするなんて、そもそも俺が生徒会入りする以前からほとんどないのだ。
「えー…ちょっと、柾会長様とあの子…」
ざわめく周囲からそんな声を耳が拾って、身体が強張った。
どうしよう。
もっと早く気づいていれば、物陰にひそんでやり過ごすこともできたかも知れない。
けれど、ここ最近で珍しく眼鏡をかけておられない、先輩の目はこちらを認識しておられるだろう。
今更避けるのも不自然、お声をかけることもご迷惑になりかねない。
とにかく後輩として先輩を敬う姿勢をと、間近に迫ってきた柾先輩に視線を合わせ、俺は精一杯笑って会釈をした。
間違いなく、視線は合っていたと想う。
視力は良好だって、眼鏡は伊達で、気分でかけておられるだけだって、心春さんからお窺いした。
だけど、先輩は無表情のまま。
俺の右隣をすれ違っていった。
何も見なかった、誰もいなかったみたいに。
気づいていなかった?
トラブル回避?
お疲れさますぎて無気力とか?
目を見張るしかない俺の後方で、ファンの方の声援に応える、聞き間違えようがない声が聞こえてくる。
やっぱり、わざと?
「ってめぇ…!!」
何故か殴りかかりそうな勢いの美山さんを、何とか止めて。
それからどこをどう歩いたのか定かじゃない、震える足を叱咤しながら、最後通告でも何でも受け入れなければと、生徒会室に向かった。
でもその日、柾先輩がやって来られることはなかった。
いつも何か起こる度、必ず説明してくれた、何らかの連絡があった。
そんな俺の期待は虚しく、夜も朝もその先もずっと、柾先輩からの着信やメールで携帯が鳴ることはなかった。
2014.5.6(tue)14:18筆[ 603/761 ][*prev] [next#]
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