69.ひと滴がもたらす波紋
「あ、前君達は入らなくて良いよ。何かと忙しいでしょ」
手の内から離れていくプリントを、きょとんと見送っていたら、穂さんが何か言いかけるのを合原さんが抑える気配がした。
「お気遣いありがとうございます。クラスのお手伝いできなくて、すみません」
見上げたクラスの方に謝ったら、顔を赤くしてそっぽを向かれてしまった。
「っ…ヘラヘラしないでしよねっ!鈍感っ」
そのまま立ち去る姿を見送っていると、あちこちから微かなざわめきが起こり、改めて口角を引き締めた。
「じゃあ俺、いってきますね」
ふくれっ面の穂さんとしかめっ面の合原さんに、笑顔で声をかけた。
「はるとっ、また晩な!」
「気をつけて。晩も無理なら連絡して」
「なんだよっ、コハルは晩、はるとに会いたくないのか?!」
「そんな事言ってないでしょ?!はるとが疲れてたら無理しないでよって言ってんの!僕達の分まで夕食用意させんのは負担じゃない」
何でも言い合う姿が微笑ましくて、心がふわっと和んだ。
お2人はなかなかいいコンビだと想う。
「大丈夫ですよー。ちょっと遅くなるかも知れませんが、また連絡しますね」
荷物をまとめて、忙しそうに動いていらっしゃる皆さんの邪魔にならないように、隙間を縫ってクラスを出た。
途中、目が合った大介さんと手を振り合い、口パクで「気をつけて!」って言ってくださったことに頷きながら。
廊下に出ると、どのクラスも賑わっていて、行き交う生徒さん皆さんも慌ただしく奔走していらっしゃる様子だった。
日毎に盛り上がっていく、学園祭へのわくわく感に、がっつり参加できないのは残念だけれど、こうして傍目から見ているだけでも楽しい。
来年は参加できるかなぁ。
いつまで、学校にいることができるだろう。
なーんて、おっとっと!弱気になっちゃダメダメ。
俺の側にいることを選び、巻き添えを食ってクラスから浮いてしまった、心春さんと穂さんに申し訳ない。
「今は近くに居れないけど、絶対何とかするから。ごめん」って、何故か謝らせてしまった大介さんや、「お母さんは永遠に武士道のお母さんだから。何とかしてみせるから待ってて。俺らのこと忘れないでね」って毎日メールをくれる武士道の皆。
すぐにまるでフォローのような、でも俺にとって顔から火が出る号外を出して、「直に治まるさァ」って笑い飛ばしてくださった所古先輩や十左近先輩たち。
陰に日向に見守ってくださっている、凌先輩や風紀の皆さん、宮成先輩と宮成先輩の親衛隊の皆さん、バスケ部の皆さん、時折なにげなく声をかけてくださる美山さん。
先生方や、各施設のスタッフさんたちまで、励ましの言葉や温かい視線を送ってくださって、たくさんの方々に気遣っていただいている。
「お前の帰って来る場所は、いつでもあるから」と、何かを察したかのように電話をくれた、秀平たちもいる。
俺はひとりじゃない。
皆さんのおかげで立っていられる。
それに俺には、宝ものがあるから。
『この先もう人前で視線下げんな』
『陽大の武器は笑顔だろ』
『お前はいつも笑ってな』
『俺には陽大が必要なんだ』
胸があったかくなって、前を向ける、背筋が伸びる大事な言葉たち。
あのひと時を、俺は忘れない。
あれから多忙を極められておられる、柾先輩はもちろん、生徒会の皆さんと以前のようにお話することはできなくなってしまった。
俺の引き起こした騒動の所為もあるだろうし、それに構っている暇もない忙しさ、会話は必要最小限に留められ、のんびりお茶を飲む時間もなくなった。
それでも生徒会を去るように言われていないのが救いでもあり、不思議でもある。
こんな俺でもにゃんこさんの手ぐらいになれているのだろうか。
お忙しい中、クラスの演し物にも参加されている皆さんの、すこしでもお手伝いになるように、邪魔だと言われるまで頑張る。
不要になるまで頑張るんだ。
柾先輩がどう想っておられるのか、いや、余計なことなど考える余裕もないかも知れないけれど、気にはなっていた。
拒絶されていないから、まだいてもいいんだよね。
手に提げた紙袋にちょっと視線を向けた。
皆さんの疲れが取れるように、久しぶりに作ったおやつを持ってきた。
摘みやすいように、一口サイズにカットした、くるみ入りチョコレートブラウニー。
お昼ごはんの時に心春さんと穂さんも喜んでくださったから、味は大丈夫な筈。
召し上がっていただけたらいいのだけれど。
2014.5.6(tue)11:37筆[ 602/761 ][*prev] [next#]
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