68.宮成朝広の一進一退(7)


 1年中、花と緑が溢れる場所。
 過酷な環境に置かれる3大勢力の長達の、憩いの場所となる様に。
 大仰なコンセプトの「隠れ家」だが、このメルヘンな外観の一軒家を見ると、俺は癒されるどころか一層疲れるが。
 おちょくられてるだろ、完全に。
 そう受け取ってしまうのは、俺がひねくれてるからかも知れんが。

 つーか、憩いとか癒しとか人ぞれぞれビミョーに違うしな。
 無理に「これで良いだろう」って押し付けられずとも、息抜きぐらい各自でできるっつーの。
 温室然とした室内で、半ばささくれだった気持ちで書類と格闘していたら、「おはようございます」と低い美声が聞こえた。
 っとに朝っぱらから、とんでもねースケジュールで動いてるヤツとは想えん、何でにこやかなんだっつの。

 ここずっと眼鏡着用ってのが、激務を唯一表現しているというか。
 「朝から隠れ家デートとは酔狂ですが、お相手は俺で良かったですか、宮成先輩」
 「お前な…」
 けど、疲れを見せないからって疲れてねーわけじゃない。
 柾が超人めいてるからって、簡単に考えて良いわけないって、俺にもわかってきた。
 ソファーに対面に座って、今日も隙のない男前顔を注意深く眺めた。

 「寝れてんのかよ、ちゃんと」
 「お陰さまで。持ち込んだラグが良いベッドで助かってます。先輩こそご老体にあまり鞭打たず、風紀副委員長補給もままならない状態でしょうし、無理なさらないで下さい」
 ラグがベッド?
 そんな意味不明な事よりも、冴え渡る嫌味の方に頬が引き攣った。
 『宮成先輩しか、頼れる人が居ないんです…』
 そう電話で切々と訴えてきた凌の言葉に、今なら真っ向から反論できる。

 俺はホントにコイツに相対する適任者か?
 この数日の出来事に物申したい気持ちは十分あるが。
 ひと息吐いて、気の利き過ぎる後輩が差し入れてくれたばかりのミネラルウォーターを開けた。
 特寮最上階の自販機にあり、頼めばルームサービスや食堂でも飲める水だ。
 水に大差ないと想ってた俺を驚かせた、美味い水は心を落ち着かせてくれた。
 コイツのペースに呑まれてる場合じゃねーんだ。

 「なぁ、柾が忙しいのはわかってるけどよ。お前の隊が出した不始末とも言える。今の状況、どうするつもりなんだ」
 「お騒がせしてすみません。膿を出し切るっつーか、先輩方の最後の学園祭が後味悪くならない様に務めます」
 「まだ静観するつもりか」
 「少なくとも迂闊には動けませんね。1生徒の平穏な学園生活が懸かってるだけに」

 1生徒、か。
 既に今、前陽大はピンチの渦中じゃないか。
 「てめぇは、どう想ってんだよ」
 「はい?」
 「前陽大の事、1生徒で片付けらんねーぐらい、目ぇ掛けてやってるだろう」
 軽く目を見開いて、すぐに微笑った。
 「面白くて可愛い後輩だと想ってますよ。未来ある大事な人間です」

 俺には柾の感情に深入りする権限などない。
 コイツの悪友の旭じゃあるまいし、そこまでの親密さは持ち合わせていない。
 けど、俺に向かってそう微笑える程、可愛がってんならさ。

 「あいつが大事なら、お前がちゃんと守ってやれよ。
 目ぇ掛けて補佐にまで上げたなら火の粉は振り払ってやれ。俺が偉そうに言える立場でもねーけど、一応、元会長として心配だからよ」

 妙に嫌な予感がするんだ。
 俺の精一杯の言葉に、先程より目を見張って。
 「…ちょっと目ぇ覚めた」
 「あ?何か言ったか」
 「いえ、独り言です。ご忠告ありがとうございます。真摯に受け止めさせて頂いた上、対策講じます」 
 頷いて、俺も俺の親衛隊共々、更に気をつけて見ておくと約束した。

 「陽大、宮成先輩の隊とも交流あるんですか」
 「あぁ、上のヤツら数人と何回か、な。ウチは前陽大に好意的だから動きやすい」
 「成る程。それを聞いて安心しました。今後共よろしくお願いします」
 「あぁ…」
 応じながら、何故か更に嫌な予感が深まった。
 日差しは降り注ぎ、目の前の男前は快活で瞳は鋭く、何も問題は見当たらないのに。
 俺の気の所為なら良いんだが。



 2014.5.5(mon)23:46筆


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