67.凌のココロの処方箋(9)
通話を終えてゆっくり3秒、心の中で数えてから終了ボタンを押した。
俺から通話を切るのは心苦しいけれど、仕方がない。
陽大君は遠慮深いから、俺から終了させないといつまでも待っている。
ただでさえ落ち着かない事態が続いている、彼の時間を拘束するわけにはいかない。
「おやすみ、陽大君…」
せめてぐっすり眠れますように。
早寝早起きを心がけている君が、本当ならとっくに寝ている時間、しっかりした声音だったのが気に掛かる。
『俺なら、大丈夫です。凌先輩もこうして気にかけてくださってますし、心春さんや穂さんも側にいてくださって…大介さんやバスケ部さん、諸先輩方からもお声かけていただいているので、皆さんのおかげで心強いです。大丈夫ですよ』
大丈夫じゃないよ。
風紀の、俺の情報網を甘く見てる?
声をかける事なんて、誰にでもできる。
陰からこっそり手を回す事もね。
できる事すらやっていない、生徒会の連中や武士道にも腹が立つけど。
合原君や九君の様に、我が身の危険も省みず側に居ない、俺自身が何より腹立たしい。
大丈夫じゃない。
今までと何ら変わらず、真面目に授業に出て、一生懸命生徒会活動に励んでるって。
絡まれても嫌味を言われても、笑顔で応じてるって。
無理して頑張っている、毅然と立とうとしている、君が少しずつ痩せていってるって、俺が知らないと想った?
大事な友人のピンチなのに、日和佐先輩に言われるがまま、静観しながら陰で守る事を受け入れた、自分が忌々しい。
悔しくて仕方がない。
直接、甚大な被害が起こらない様に、富田先輩はどうにか抑えている様だけど。
数日経つのに動かない現状、ネチネチ続く嫌がらせも積もれば山となる。
やはり、無理にでも陽大君に承服してもらうべきだったんだろうか。
あの当日に、誤解も甚だしい、昴の事など何とも想っていないと宣言させておけば、こんな膠着状態に陥らなかったのではないか。
『心春さんもそう仰ってくださったんですが、折角のご提案ですのに、すみません、凌先輩…嘘でも言えないです。いつか絶対消すって決めてる想いでも、今は、どうしても手放せないです』
ああ、でもあの泣き笑いの様なちいさな声を押し退ける事なんて、こうなるとわかっていた今でもできない。
頑固だ、偏屈だとはとても言えなかった。
まだ自覚したばかりの想いなんだ。
生まれたばかりの想いを、あっさり切り捨てられるなら、こんな事にはならない。
先が見えていると自覚していても、その時がくるまで手放せない。
そんな気持ちは痛い程、ありありとわかるから。
俺にできる事はつまり、こうして毎日欠かさず電話をして気遣い、無理をしない様に注意し、励まし続ける事に限られる。
『時間が経つのを待とうね。学園祭さえ始まれば、後は治まる筈だから』
なんて、俺が繰り返し言って聞かせた言葉は、俺自身には効いていない。
待っていられない。
友達を守りたい。
大ピンチになる前に助けたいんだ、対策は打てるだけ打ちたい。
だとしたら後は1つだけで。
この所、休みなく働き続けて沈黙を守ったままの、もう1人の渦中の人物がやはり鍵を握っているのか。
秋の祭りは2つある。
学園祭の後は、各役員の選挙活動が始まる。
実際に決まるのは3学期だけど、冬休みまでにこの活動で印象づけねばならない為、各自(と言うか、主にその取り巻き)は必死でアピールする、派手な祭りの1つと数えられている。
その後は期末試験を経てクリスマスパーティー、短い冬休みの後はその選挙と引退する役員のセレモニー、3年生を送る卒業パーティーと、全て生徒会が取り仕切る。
学園祭と並行して、誰より過酷な状況に居る昴にとって、自身の隊から出た事とは言えども下手に関わっている暇など1秒もない。
あの男の事だから、単純にそれだけが理由ではないだろうし、富田先輩や恐らく複数居る筈の従者に指示を出した上で、沈黙を守り続けているのだろう。
これ以上の負荷を掛けたくない、事情を知る俺達の暗黙の了解ではあるけれど。
我慢できない、待っていられない。
「もしもし…こんばんは。夜分遅くすみません」
俺は意を決し、今、比較的容易に昴に接触できるであろう伝手を頼った。
2014.5.5(mon) 22:12筆[ 600/761 ][*prev] [next#]
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