65.親衛隊員日記/心春日和vol.10


 あれから数日が経った。
 学園の話題は専ら2つ。
 来週末に迫った学園祭と、はるとへのバッシング。
 祭りへ向かって高揚していく気分と同時進行する、歪んだ感情の発露は、日頃のストレスのちょっとした捌け口として、はるとに集中している。
 親衛隊も、便乗して流されてる野次馬も、素知らぬ他人のフリしてる外野も、全員気持ちが悪い、醜いったらない。 

 でも、僕だって少し前までソッチに居たんだ。
 人が人を罵倒する時、ある事ない事を噂している時、露骨に嫉妬を表す時、こんなにも醜い顔になるんだ。
 眉間と口元を中心に刻まれる不自然な皺、歪な唇の形、嘲りを浮かべる濁った瞳、全てがどんなに整っている容貌をも暗く貶める。
 整っていればいる程、美しければ美しい程、より醜悪になる。

 僕も、そうだったんだ。
 ぞっとした。
 柾様と深い仲になれる訳がなかった。
 選んでもらえなくて当然だ。
 バラの棘は自衛の棘、綺麗なものには毒がある。
 それは触れたらの話、何の危害も受けていないのに毒を発しても、我が身にそのまま還ってくるだけ。

 怖いのはわかる。
 僕もそうだったから、必死に、此所で生きていく為に、歪んだ世渡りの術を覚えた、実践した。
 弱いクセに、1人では立てないクセに、プライドだけは高いから、柾様に近付く全ての人間が許せなかった。
 こんなに頑張っている僕だから、柾様の隣に立つのは絶対に僕だって。
 今ならわかる、あの首謀者達と同じ穴のムジナだった事。

 皆、変わらない。
 確かめてもみないで怖がっただけ、勝手に自衛しただけ。
 さして愛着のない自分の居場所を此所だと、此所を失えば生きていけないと、思い詰めただけ。
 弱いから、吠えた。
 近寄らないで、奪わないでと吠え続けた。
 僕らはそうする事で、日々をどうにかやり過ごして。

 「ぼーっと突っ立ってんなよっ不細工っ」
 「合原のクセに邪魔っ!!」
 わざとぶつかられた肩が痛むけれど、今はこの痛みで目が覚めていられるから平気。
 怖がって近寄らなかった、僕と真逆にあった世界は、実は元居た場所より遥かに居心地が良くて、僕らしく居られたから。
 大なり小なりの嫌がらせなんて、いくらでも甘んじて受けるし。

 大体やり方が甘いんだよねっ!
 ちっちぇんだよ皆、人としての器がさあ。
 でも、被害が陰口を中心に、無視や体当たり程度で済んでるのは、柾様の沈黙のお陰かも知れないとも想う。
 号外が出てからずっと、柾様は何の見解も示されていない。
 だから3大勢力様も親衛隊も、あの化粧オバケ様ですら、成り行きを見守っている状態だ。

 早足で着いた中庭には、もうはるとと穂の姿があった。
 「心春さーん、日直のお仕事お疲れさまです」
 「心春っ!おっせーーーよ!!腹ぺこで大変だっての!!」
 「はいはい、お待たせ!ぎゃーぎゃー喚かないでくれる?!折角、購買の『マロンクリームブリュレ』買って来てあげたのに」
 「「え、あの『マロンクリームブリュレ』?」」
 
 柾様がどうなさるおつもりなのか、僕にはわからないけど。
 何も悲観しなくて良いんじゃないかって想う。
 ほわほわと弁当を広げるはるとに、歓声を上げる穂を見渡しながら。
 僕は、はるとの涙を忘れないから。
 あの日、『柾様の事は何とも想ってないって、ただ尊敬してる先輩だって先に否定しちゃったら良い。そうすれば風向きも多少マシだろうから…』と進言した僕に、はるとは苦しそうに首を振った。

 嘘でも言えないって。
 それだけは言えないって、ごめんなさいって僕に謝った。
 どうしようもない事はわかってる、いつか絶対消す気持ちだけど、今は無理だって。
 たった一言の演技もできない。
 はるとが柾様に惹かれてるのは、薄々わかってたけど、自己保身もままならない程、好きになってたなんて。

 いや、元々誠実なヤツだもんね。
 楽な道を選ばない、不器用なはるとの側に居るって、僕は改めて決めたんだ。
 柾様のお考えがどうであれ、僕は友達の側に居る。
 はるとを独りにしてなんかやらない。
 何より片思い歴ハンパない大先輩だからねっ、話はいくらでも聞いてやれるし?
 親衛隊の指示に従わなかった、途端に離れていった上っ面だけの付き合いの世界にはもう戻らないの。

 このタコウィンナーと卵焼きとおにぎりが、心春の原動力なんだから!



 2014.5.5(mon)16:28筆


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