63.大きくて小さなワンコの遠吠え(7)


 生徒会室に着いたら、こーちゃんしか居なかった。
 「おー、そーすけ。お前が1番だな。おはよう」
 「お、はよ…。」
 こーちゃんは、いつも通り。
 デスクに荷物を置いて、きょろきょろしても、やっぱり誰も居ない。
 換気が好きなこーちゃん、開け放されている窓から、小鳥のさえずりが聞こえていて。

 風が吹き抜けていく。
 ずっと夏の蒸し暑さが残っていたのに。
 今朝の風は清々しくて、気持ちがいい。
 気持ちいい筈なのに、おれは何故か、鳥肌が立った。
 すごく寒く、感じた。
 ちょっと顔を上げたっきり、黙々と仕事してるこーちゃん。

 眼鏡をかけてる時は、なにかに集中したい時、とっても機嫌が悪い時。
 書類に書き込んだり、パソコンを触ったり、捺印したり、テキパキしている姿は、普段と変わりないけど。
 情報網が幅広くて、学園のことならなんでも知ってるこーちゃんが、号外のこと、知らないわけがない。
 自分の隊から出た、不始末ってやつ。
 総隊長共々、なにをやってるんだろうって。

 おれは今日、1番に先ずそう想ったよ。
 仕事がいっぱいなのはわかってる。
 追いこみ期間で、おれたちはお祭り後のことも考えていなきゃいけない。
 こーちゃんが毎日、遅くまで残ってるのも知ってる。
 毎日、誰よりも早くここに来ているのも。
 やらなきゃいけないこと、1人でいっぱい抱えてる。

 だけど。
 震える拳を、ぎゅうっと握り締めた。
 手の平に爪が食い込む、でも気にならない。
 どうして、なんにも言わないの?
 どうしてなんにも言ってくれないの。
 おれが、役立たずだからなの。
 そうだとしても、ちょっとでも話題にすらならないのは、なんで?

 「…こーちゃん。」
 「んー?」
 パソコンに目を向けたままの姿が、悔しくて。
 こんなに近くにいるのに、遠くて。
 「はると、は?いつも、早いのに。」
 声が、掠れる。
 聞いて当然のことなのに、どうして緊張しなきゃいけないの。
 
 こーちゃんが顔を上げる。
 連日の頑張りも疲れも見えない、いつもと変わらないまっすぐな目、キラっと光る目、眼鏡ごしでもわかって。
 おれは、こーちゃんのまっすぐすぎる視線が、苦手だけど、今日は逸らさない。
 負けたくない、と想った。
 「あー、陽大は今日は流石に待機だな。危なっかしいし。ま、何とかなるだろ」
 「そ、う。」

 それだけ?
 いっぱい、聞きたいことがあるのに。
 それ以上聞くな、踏み込むなって、線を引かれたように感じた。
 まるで、「俺と陽大のことに口出しすんなよ」みたいに嫌な雰囲気、おれの気の所為?
 頭の中が、ザワザワする。
 おれは、どうしたら良いんだろう。
 号外を教えてくれた、親衛隊の子たちからは、「落ち着くまで当分、様子を見ましょうね。お母さんの事は遠目から見守りましょう」って。

 違う、おれは。
 そうじゃなくて。
 早く、誰か来て。
 ゆーとみーはまだ?
 ひさしは、はるとが来ないってわかったら、来ないかも知れない。
 りっちゃんでもいい。
 こーちゃんと2人でいたくない。

 余計なこと、考えたくない。
 おれだって、仕事があるのに。
 他に考えなきゃいけないこと、いっぱいなのに。
 こんなに静かな部屋だと、次から次へと余計なことばかり、頭に想い浮かんでくる。
 どうして、噂になったのはこーちゃんなの。
 婚約者が居て、権力の強い総隊長も付いてる、こーちゃんだったの。
 
 はるとは、ちゃんと皆に優しいのに。
 おれにも、優しい。
 はるとの笑顔は、誰にでも向けられる。
 おれだって、何度も笑いかけてもらった。
 にこにこーって、お弁当やおやつも、おれの好きなものをはるとは知ってる。
 それなのに、どうしてはるとが、こーちゃんを好きみたいな記事になるの。

 おれが、噂になりたかった。
 こーちゃんは、ダメなんだから。
 外に大事なひとが居るんだから、それなら他に誰でも良かったはず。
 記事にするなら、おれでも良かったはず。
 おれなら、親衛隊の子たちにちゃんと話して、わかってもらえる。
 堂々とはるとを庇える、助けられる。
 それから。

 それから…?
 おれは、どうするつもりなのか。
 りっちゃんが来るまで、ずっと、呆然としているしかなかった。



 2014.5.4(sun)22:11筆


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