57.十左近先輩の気苦労日記(5)


 「親衛隊が動くよ」

 早朝、新聞報道部部室にいきなり乗り込んで来た、黒猫(の着ぐるみ)。
 着ぐるみ状態でも誰だかわかるという、奇妙な勘がやたら働く所古(は下半身うさぎ着ぐるみ)が、馴れ馴れしく黒猫に近寄ったから、俺(の下半身はクマだ)は退室しようと想った。
 何故なら、所古と黒猫イコール恐らく片前が揃ったら、修羅場か濡れ場と決まっているからだ。
 ああ、嫌だ嫌だ。

 どうせ原稿は上がってる。
 この表向き平和な時期を狙った、ある事ない事ブチ上げた、親衛隊持ち共のスキャンダルを集めた号外で、学園祭までどうにか保つだろう。
 中には犬猿の仲と称される連中も、艶っぽく色恋沙汰に仕立ててやったから、記事が原因で喧嘩道も発生するかも知れん。
 衆目の気を紛らすには十分だ。

 後は刷ってバラ撒くだけ、それぐらい所古でもできるし、片前が来たなら話は早い。
 お邪魔虫は喜んで退散しますよ、ハハハ。
 クマの頭を小脇に抱え、そろりと立ち上がった俺を、黒猫の手が阻んだ。
 何だ、仲介はごめんだぞと怪訝に窺えば、所古のイヤラシい手は厳しく振り払われた様子だった。
 ふいに嫌な予感がした。

 がばっと黒猫の頭部を脱ぎ、髪を払いながら、やはり現れたのは片前で、息つく間もなく所古と俺を見渡した。
 常に冷静な片前の瞳が、いつより鋭い。
 良くない兆候だ、マズい事態に見せる表情じゃないか。
 自然と張り詰めた空気すら切り捨てる様に、「親衛隊が動くよ」ときっぱり一言。
 所古の視線も鋭さを増す。

 「どういう事だィ、子猫ちゃん」
 「親衛隊号外が出る。それも、柾親衛隊から」
 「柾の隊から?今更、何が出るっていうんだ」
 意味がわからない。
 俺と同じく、所古も怪訝な表情を浮かべている。
 「柾の隊ったってなァ、アレは富田の支配下だ。公私共に主従の関係だってェのは誰にも隠してねェだろう。その分、何処より統治されてる。富田が仕掛けたって事かィ」

 片前は静かに首を振った。
 嫌な予感が増す。
 「富田先輩の統制は行き届いてる。だからって人の感情まで完全に掌握する事なんてできないでしょ。ある程度は自由に任せてるんだよ、あの隊だって。あがめ奉る柾会長の不利益にならない限り、それを大前提にね…」
 ふうと息を吐いて、片前は仕上がった号外原稿に視線を向けポツリ、「間に合わないだろうな」と呟いた。

 「そもそも体育祭の婚約者云々で、フラストレーションは溜まってたの。本気で会長に恋しちゃってる、一部の子達が暴走しちゃってね…本来なら富田先輩や幹部が止める、そういう冷静さが売りの隊だけど。上も下も燻ってるタイミングで掴んだネタ、ほぼ全員がノっちゃったら、富田先輩でも止められないでしょ」
 「…ネタは?」
 所古が短く聞いた。
 片前は一瞬だけ目を閉じた。

 「『前陽大は柾昴に夢中!そして学園を手中に…秘めたる野望を独占スクープ』『前陽大が生徒会入りへ至るまでの陰謀の数々』『どうやって柾会長や周囲に取り入ったのか、その全貌を白日の下に』『卑劣!婚約者が居る相手に対してストーカー紛いの手作り弁当作戦』…ってところかな。
 これまた、イイ写真を撮ってるみたいでねー…前君の笑顔が会長に向けられた瞬間を上手く撮ってある」

 俺も所古も、暫く言葉を失った。
 何だってまたそんな、学園中を敵に回す様に仕向けられた、露骨な内容なんだ?
 前陽大が何をしたってんだ。
 ただ指名されるがままに、本人は懸命に生徒会活動に励んでるだけじゃねぇか。
 「…子猫ちゃん、イイ情報網だねィ」
 「ありがと。会長親衛隊に友達が居るの。その子は数少ない冷静派でね、どっちかって言うと前君擁護派だから、リークしてくれたの」

 ギリギリ事前に知れた。
 じゃあ、俺達はどう動くべきか。
 「十の字、一部原稿修正、頼むぜ」
 「わかった」
 「…出すの?」
 すぐにパソコンに向かった、俺の後ろで片前と所古の会話は続く。
 聞くともなしに耳に入れながら、事は一刻を争う、ひたすら手を動かした。

 「2番煎じでもねェ、出すしかない。但し、あくまで面白おかしくヒヤかしつつ、ウチは柾昴×前陽大歓迎モードをぶち上げるさァ。婚約者ァ?何ソレ知らん。居ても別れろ!チビちゃんがお母さんなら柾はお父さんで、夫婦で学園まとめていきやがれィ!子供達の幸せ考えやがれィ!今後の学園の為にも、弁当やらドーナッツやらの恩返しの為にも、チビちゃんを完全孤立化させる訳にはいかないからねェ。あぁ、十の字、障害物2人3脚の秘蔵写真使いなァ。
 はっは、報道の場で親衛隊如きに好き勝手はさせねェよ」

 そしてこれは、俺達から前陽大へのメッセージでもある。
 表立っては関われねぇけど。
 お前は独りじゃないからな。



 2014.4.30(wed)23:36筆


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