56.白薔薇さまのため息(7)


 言わずに済むなら、放置していたさ。
 主の気に入りの人物だ。
 学園の為、貴重な人材を守る為とは言え、自らの手元に置く程のお気に入り。
 丁重に扱う様にって、何度釘を差された事か。
 空気を読んでナンボの従者だ。
 如何なる感情故の命令か知らねども、主が気に掛けると言うならば、害にならない限り静観する。

 俺とて心得ている。
 ブチギレさせてからは特に、ね。
 主の真意は未だ明かされないが、俺達にはとにかく、現状を守る命が下されている。
 可能な限り、平穏な学園生活を。
 彼が憎めない人物だという事は百も承知、主がそう願うならばそれを叶える。
 どうにかして主の意のままに。

 幸いなるかな、彼の生徒会入り即ち主の傘下に入る事は、すんなりとは言えないが概ね好意的に認知され始めていた。
 当初はどうなる事かと危惧したが、これも彼の人柄に因るものだろう。
 見るからに表に立つ事など慣れていないだろうに、懸命に仕事をこなす姿が毎日見受けられた。
 3大勢力の特権、授業免除を振りかざす事なく、変わらず授業を受けながら、学園内を奔走して生徒会の務めを果たす。

 自分は新参者だからと、朝礼だの学園祭関連だので集る時は、生徒会の並びの最後尾に目立たない様に距離を空けて並び、誰より熱心に各自の話に耳を傾ける。
 朝、昼、放課後、休日と心休まる暇のない生徒会活動を、嫌な顔1つ見せず笑顔でこなす。
 あのアホ1年生組をも完全に手懐けたのか、サボるのが当然だったヤツらを取り纏め、自ら参加させるに至る程、真面目に取り組んでいる。
 先生方の評価はうなぎ昇りだ。

 主に近付くには危険な人物、邪魔になるのではないかと懸念した事もあったが、彼に邪心がないのは明らかで、「会長補佐」にまで推すならば俺に是非はない。
 黙って見守るさ。
 何事もないならば、ね。
 「富田先輩…お久しぶりです。何もありませんが、どうぞ。すぐお茶入れますね」
 どこか強張った笑顔で迎え入れてくれた、実際、生徒会の事ばかりでインテリアを考える事もままならないのだろう、彼にしては殺風景な部屋だと想いながら、玄関で立ち止まった。

 「ああ、お構いなく…此所で良い。話はすぐ終わる。いくら早めの朝方とは言え、直に皆起きるだろうしね。人目についたら厄介だ。夜より良いだろうと想ったが、朝早くから突然すまない」
 「いえ…」
 頑張って笑顔を作ろうとしているが、不安で仕方ないといった表情だ。
 子犬が叱られる様で、なかなか可愛いな。
 彼と対峙するのは、体育祭前の警告以来だから、本人は居ても立っても居られない心境だろうけど。

 此所には武士道も居ない。
 彼以外、誰も居ない。
 まるでこれから始まる彼の学園生活の様に、誰も居ない。
 「単刀直入に話すよ」
 「は、はい」
 「今日、親衛隊から号外が出る。既に撒かれているかも知れないが、柾親衛隊からだ。申し訳ないけど、俺には止められなかった」

 見開かれた目を、逸らさずに見つめる。
 言い知れない不安を浮かべる、素直な瞳を。
 「せめて予告だけしておこうと想ってね。ほんの慰みにもならないかも知れないが、俺個人と一平と…前君を排除する気は微塵もない。以前、君に警告した事は取り消す。あれは俺個人が突っ走っただけで、昴には関係ない。勝手ばかり言って本当にすまない」
 「富田先輩…?」
 深々と一礼してから、顔を上げた。

 「今回の号外の内容は、君が昴に惚れているという内容だ」

 一瞬で顔色をなくすのを間近に見て、手を握ってやりたい様な、頭を撫でてやりたい様な庇護欲に苛まれた。
 かわいそうに、前君。
 君にはやはり、この学園は荷が重過ぎたのかも知れない。
 「俺にとって事の真否はどうでも良い。問題はそこじゃない。柾親衛隊は学園内でも規模が大きく、実力者ばかり入隊した秩序正しい隊だと認識されている。そこから出る号外となると信憑性が高く、誰も逆らわないし逆らえない。心春がリークした匿名号外とは訳が違うんだ」

 軽く息を吐いて、そろそろ時間だと腕時計を見た。
 「前君がどう動こうとも、今日から君の生活は変わってしまうだろう。表立って支えてきた武士道も手が出せない程、ね。無論、昴も今まで通りとはいかない。けれど君には武士道以外にも友人が居るだろうから、せめて悲観しないで欲しい。学園祭が始まり、新たな話題が提供されれば、人の興味はそちらへ移ろう。それまでただ黙して耐えてくれ。俺も君に非礼を働いた分、何とか手は尽くすから。いいかい、何が起こっても嵐の様に一時的なものだと想って、目を閉じているんだ。君ならできる筈だ」

 言葉もなく呆然と頷く様に、俺の鋼の心臓も、流石に居心地悪く軋んだ。

 

 2014.4.29(tue)23:28筆


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