7.孤独な狼ちゃんの心の中(2)
「あ、美山様…!今日も尖っていらっしゃる…」
「あーん、素敵〜」
「高等部の制服もよくお似合いだ…!」
「高等部でこそお近付きになりたぁい!」
「「「ところで、隣の子は誰…?」」」
「「「七五三…?」」」
「美山様の弟さん…???」
「まさか、隠し子…???」
「舎弟…???」
「何で、高等部の制服…???」
っち…
ひそひそコソコソ、きゃーきゃーわーわー、うるっせーんだよ…!
奇妙な黄色い声を上げるそこらの連中を一睨みしたら、全員青い顔して俯き、やっと静かになった。
真っ直ぐ目ぇ合わせる根性もねーなら、最初っから黙ってろっつーの…ウゼェ…!!
朝っぱらからメシ食って、しかもそれが美味くて、久々に落ち着いた気持ちで歩いてたっつーのに…
寮から校舎までの道程で、いつものイライラが戻って来た。
また3年間、繰り返しだ。
幼等部から変わらねー、寧ろ持ち上がって行く度に加速して行く、この学園の異常っぷりと閉塞感。
また、繰り返しの3年間だ。
クソ不愉快だ。
その辺に当たり散らしても足りない、ドス黒い不快感のままに、けど何かしらにこの衝動をぶつけねーとどうにかなりそうで。
そこらに植わってる木の1本や2本、折れてもどうってことねー。
どーせ金持ち学園だ。
金でどうにでもなる、もしくは誰も木なんか見てねーから気付きもしないだろ。
と、ふと、隣を見たら。
「ほっほう〜…桜にもこんなに種類があるんですなぁ…これは実に興味深い、明日にでもメモして回るか…桜ウォッチングも粋なもの!
しかし、キレイだなぁ…いやいや、ここはやはり漢字で『綺麗』が誠にしっくり来ますなぁ…狙ったように満開の日が入学式に相当するとは…何たる僥倖、天の恵みよのう…俺が歌人であるならば、ここへ至るまでの道程でどれ程の句が詠めたものやら、いやはや風流を心得ずお恥ずかしい限りですなぁ…」
てめぇは何処のジジィだ。
ボケっとそこらを見上げながら歩く前の、姿形は七五三のクセして、ぶつぶつ呟く言葉は立派なジジィそのものだ。
…そういやさっき、たまにしか居ねー寮の管理人ジジィと遭遇した時、妙ににこやかに挨拶し合ってたな…
あのジジィがあんな笑ってんのなんか、初めて見た。
なんなんだ、コイツ…
中身はジジィなのか?
呆れた眼差しを向けていたら、相変わらずボケーっと歩いていたヤツも視線に気づいたらしい。
へらっとこっちを見て。
「美山さん!桜がほんとうに綺麗ですね!こうして空を見上げながら歩いていると、世界が全部、桜色です!」
何言ってんだとか。
つまんねー。
急いでんだ。
ガキだかジジィだか、正体不明過ぎんだよ変人が、とか。
周りのヤツ等がさっきから、チラチラこっちを見てんのとか、それで俺が不機嫌なのとか。
そういう事よりも何よりも、朝メシ食った時みてーに、不思議と心が落ち着いて。
コイツが、何も気にしていなくて。
上ばっか見てて。
良かった、と想った。
俺と関わる事が、この学園でどんな意味を持つか。
持ち上がりばかりの面倒くせーヤツらの中で、コイツが俺に対してどう変わって行くか。
チャチな考えが、全部、消えた。
ヤツに倣って空を見上げると、言われた通り、世界は桜色だった。
それだけ、だったから。
軽く頷いて、でも、急ぐぞと言った。
ヤツは頷きながら、入学式の後で写メ撮ってくださいと笑って。
式の後に、俺もヤツもどこに居るかなんてわからねー。
けど、部屋は変わんねー。
これから1年、部屋はあの「459号室」だから。
また軽く頷いて、ヤツの頭についた桜色を、小突いて落としてみた。
2010-05-14 22:38筆[ 59/761 ][*prev] [next#]
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