54
もくもくと食べ続けている邪魔にならないように、そろりと近寄った。
「柾先輩、忘れてました。まだ召し上がれるようでしたらどうぞー」
タッパーを置くと、お箸が止まった。
不透明なプラスチック越しに、おかずの正体に勘付かれたのだろう、凝視なさっておられる様子を見て、想わずニヤけてしまった。
「まさか陽大様、このほのかに桜色がかった…普通の卵焼きではない…?」
「よくおわかりで」
「俺の見当違いでなければ、これは」
「そう」
「「明太子マヨネーズ卵焼き!」」
声が揃って、今度こそ笑ってしまった。
どちらさまにも大好評、武士道も秀平たちも大好物、だけど明太子は高級食材ですし特別感ハンパないですからね、俺はとっておきのごちそうとして滅多なことでは作らない。
誰かの誕生日とか、頑張った子のためのご褒美とか、ちょっとしたスペシャルメニューなんだ。
スペシャルだけに、惜しみなくふんだんに明太子を投入しておりますよ!
ふわふわに焼き上げるのにもコツがあるし、力作なんでございます。
「え、マジで?何で?俺が全部食っていーの?今日何かあったっけ?」
キラキラ輝く眼差しで、俺と卵焼きを交互に見る柾先輩は、いつもの大人っぽさ男らしさ何のその、ものの見事に童心に返っていらっしゃる。
おいしい食べものって、大体どなたさまも陥落して子供化必至だよねぇ。
先輩とて例外ではないのが、妙に嬉しい。
「このところ特にお忙しかったですし、これから益々ハードじゃないですか。ささやかですが、そのお力添えになりますようにと、今日のスペシャルでございます。あ、でも皆さん来られたら知りませんからね」
「マジかーそりゃ頑張った甲斐あったな」
「大げさでございますーこんなことぐらいしかできず恐縮ですが、でも喜んでいただけたなら幸いです。ささ、召し上がれ」
キラキラの瞳につられて笑っていたら。
何故か先輩は俺に視線を向けたまま、静止してしまわれた。
単純に、シンプルに、静止。
DVDやゲームの画面を一時停止した状態、そのものだ。
「柾先輩?」
きょとんと首を傾げても、視線は揺らがず、淡々と俺を映している深い色の瞳が見えてしまって、途端に居心地悪くなった。
見てはいけない。
足元からじりじりと熱が上がってくる、だけど頭の上から冷ややかな焦りも感じる。
頬が赤らみ引き攣るのがわかる。
なるべく不自然にならないように視線を外し、「早く召し上がらないと、皆さんに取られても知りませんよー?」と自分のデスクへ引き下がった。
やや経ってから、「いただきまーす」の声と食事の再開が聞こえ、ほっとした。
何だったんだろう。
俺の邪な気持ちがバレるような、そんな浅はかさは出てない筈、なんだけれど不安で仕方がない。
さっきのような一時停止、実はたまにあるだけに怖い。
バレてないならいいのだけれど、それとも俺はよほど変な顔をしているのか。
ふん、観賞に耐えない顔だということは重々承知しておりますよ。
なんて、ふてぶてしくして居ないと、不安に呑みこまれそうだ。
いや、俺が気持ちを自覚する以前から、稀に淡々と見つめられることがあったから、先輩のクセなのかも知れないな。
他の方々に対してもそうかも知れないし、俺の変な顔が面白いのかも。
そういうことにしておこう。
あまり深く考えて意識していると、ほんとうに大変なことが起こりそうだもの。
ポジティブ大事!
バレてない・これからも平穏無事・俺は高身長ゲット!
「ごちそうさまでしたっ!はー今日も美味かったでございます。満足満足」
などと考えている間に、食事は終わったらしい。
「ようございました。お口にあったなら幸い、完食ありがとうございます。それにしても皆さま遅いですねぇ。そろそろモーニングコールしたほうがよろしいでしょうか。しかし柾先輩は昨夜も遅かったでしょうに、今朝も早いご出勤、誠にお疲れさまでございます。1番の新人が楽をして申し訳ございません」
テキパキとタッパーを片づけつつお窺いしたら、お腹が満たされてご機嫌なご様子の先輩にいや〜?と首を振られた。
「滅相もございません。俺ぁ昨日泊まったし、結構寝たから大丈夫。アイツらは後30分ぐらい放っとこうぜ。まだ早いしな」
「はい?泊まった、って、どちらに?」
「ここに。そこに仮眠室あるじゃん」
何とそんなお部屋があるとは露知らず!
資料室の隣の扉が、仮眠室&シャワールームなんだとか、謎が解明してスッキリだ。
「あれ、探検家の陽大様がご存知ないとは…失礼致しました。とっくに案内してるもんだと想っておりました」
「いえ、そんなプライベート空間までお邪魔するわけには参りませんが…ひょっとしなくても柾先輩の常宿でございましょう?」
「ははっ、常宿って!ま、たまにな。夜遅くなった時とか面倒くせー時とか。学園広いと良い運動になるけど、行き帰りが厄介なんだよなー」
なるほど、納得でございます。
2014.4.23(wed)22:41筆[ 587/761 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
- 戻る -
- 表紙へ戻る -