51.ゆっくりと、確かに変わりゆくもの


 凌先輩が穏やかに笑って、扉の前で振り返った。
 「こんなにまともな朝食、寮に入ってから初めてだよ。改めてごちそうさま。早起きも久しぶりだ。ありがとう、陽大くん」
 「どういたしまして。でも凌先輩、お仕事お忙しいんですから、朝もちゃんと召し上がってくださらないと…起きるのが辛い程、お疲れさまなんでしょうけれども」
 「俺の朝の弱さは幼等部の頃から筋金入りだよ」

 そんな凛々しい風紀副委員長なお顔をされましても!
 「やっぱり心配ですねぇ。俺、お部屋までお送りしますよ?」
 「陽大君、俺を誰だと想ってるの?初等部後期から風紀委員を務めて来たキャリアは偽物じゃない。朝が弱いイコール朝の俺は凶暴で、強さ3倍増しだと恐れられているんだから。心配御無用、寧ろ誰かと遭遇してもあちらから避けてくれるから」
 
 何だか複雑な背景なんですねぇ。
 それはとにかくとして、確かに爽やかに笑う凌先輩からはつい先刻、ベッドからしがみついて離れなかった様相は微塵もなく、すっかり覚醒してお出でだ。
 半分おネムの状態で朝ごはんを食べながら覚醒され、食後のお茶の時にはいつもの先輩になっておられた。

 このご様子だったら大丈夫だろうか。
 特別寮内で、エレベーターで移動するだけとは言えども、何となく心配が残る。
 「朝ごはん、陽大君が作ってくれるなら毎日食べるんだけどなー野菜たっぷりの和食ってやっぱり最高だよね」
 まぁ!
 寝起き早々「朝から食べれないよ〜…食べなくて良いから、寝る〜…」と夢の中状態でグズグズなさっておられた方のセリフとは想えませんねぇ。

 いつもシャッキリしている先輩の、意外な一面を微笑ましく想いながら頷いた。
 「毎日は難しいかも知れませんが、俺で良ければいつでも差し入れしますし、いつでも凌先輩の目覚ましとなるべくお伺いしますよ」
 「本当?それは助かるし嬉しいな。流石、武士道を従えるだけあるものね、陽大君の起こし方…」
 ふふふ、俺も寝ぼすけさんたちは武士道に限らずですからね。

 何たって寝ぼすけ第1位(俺の16年人生中)のひーちゃんを、毎朝お迎えに行ってましたから。
 現在、断トツの寝ぼすけ一成さんだって、容赦なく叩き起こす特訓中ですもの。
 凌先輩などお可愛らしいものです。
 お互いに苦笑を浮かべながら、凌先輩は玄関に立って。
 優しい眼差しを、まっすぐに俺に向けた。

 「じゃあ、陽大君。もう行くね。お邪魔しました」
 「とんでもないです。どうぞお気をつけて」
 「ありがとう。陽大君も…俺の言った事、忘れないで。少しでも何かあったら、いつでも遠慮しないで連絡して。わかってるよね?」
 「はい、もう重々!先輩との約束ですから、大丈夫です。こちらこそたくさん、ありがとうございました」
 「水臭いな、同じベッドで眠った仲なのに」

 目を合わせて、吹き出すように同時に笑って、手を振り合った。
 扉は軽快な音を立てて閉じられ、オートロックがかかる音が静かに響いた。
 凌先輩が去った後の部屋は、相変わらず家具が少なくて、まだ巣作りの途中で、ほんのり寂しい広さだったけれど。
 「よしっ!」
 軽く頬を叩いて、学校へ行く仕度をしよう!と息を吐いた。

 昨夜はそのまま、凌先輩にたくさん気持ちを打ち明け、たくさんお話してくださって、遅くなったからお泊まりしていただくことになった。
 最近、ひとりの夜は寝つきが悪かったり、すぐ目が覚めたりして、あんまり眠れていなかった。
 でも昨日は、散々泣いて心の内を明かせたからか、久しぶりにぐっすり眠れた。
 肩が軽いというか、身体中スッキリしている。
 凌先輩のおかげだ。

 何度も何度も、繰り返してくれた温かい言葉に、すごく励まされた。
 『陽大君は悪くない。1人で背負い込まなくて良い。いつでも俺を頼って。メールでも電話でも直接会っても、方法は何でも構わない。これから学園祭で、お互い忙しいから気が引けるだろうけど、お願いだから遠慮しないで。少しでも何かあったら、少しでも辛かったら、いつでも話して。大事な陽大君の、友達の力になりたいんだ』

 目が潤んで、首を振った。
 今日は元気に過ごすんだ。
 今日だけじゃなくてずっと、俺は元気でいる。
 どうしてもダメな日は、凌先輩にちょとだけまた頼ってもいい、んだよね。
 凌先輩と話して、とりあえず現状維持しようということになった。

 いきなり気持ちを消すことはできないから、今はまだ好きだから、時間が解決してくれるのを待つ。
 テーブルの上に置いた携帯電話、シロクマのストラップが、朝日を受けて光っていて、柾先輩らしいななんて想ってしまった。
 いただきものですら、光をまとうんだ。
 俺はその眩しさを変に意識して、目を逸らそうとしないで、笑顔で居よう。
 
 好きな人の迷惑にならないように、生徒会のお役に立てるように、今日も頑張る。
 唇を引き結んで、キラキラ光るストラップを見つめていたら、シロクマのノンビリした顔立ちに、自然と頬が緩んだ。



 2014.4.20(sun)23:59筆


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