50.こんなことしている場合じゃない
1回目、繋がらなかった。
けれど諦められない。
今日このタイミングを逃すと、自分の都合が悪い。
それに、メールを送ってもまともに返事がくる事など、十中八九ないのだから。
そういう男だった、ずっと。
不思議と切迫している時は、何時に連絡しても繋がるのだが。
野性の勘で察知しているのだろうか。
今宵はこちらが世迷い事を吐くと承知で、わざと無視しているのか、何処で何をしているのやら。
金曜日の晩、となればあの男の事だから遊び歩いているのかも知れない。
奴の行動など把握していない、お互い私事も素性も明かさないドライさだから。
ため息を落としながら、引き下がるつもりは毛頭ない。
例え深夜になろうとも、繋がるまで電話をかけ続けてみせると、執念にも似た想いで2回目の通話ボタンを押した。
数コールの後、意外に呆気なく能天気な声が聞こえて来た。
『もっしー風呂上がりの俺様を狙った様なタイミングでウザいんですけどー』
「風呂上がりか…それはソソるな」
『ソソんな、盛んな、勝手に想像すんな』
「お前の事だから、まだ筋トレだか武道だかは続けているんだろう?さぞ美味そうな肉付きが益々育ってるという所か…」
『はいはい、もういーって。コッチに居るとどうにも運動不足でなーダルダルのぶよぶよだから。もう俺、秀平クン好みじゃないから』
「俺はふくよかな体型も好きだ」
『何の話だよ。てめえの好みを語りてえなら、他を当たりな。俺ぁ忙しいんでな、戯れを相手にしてらんねえ。またのご利用をお待ち申し上げております。アディオス!』
「まぁ待て。時期的に立て込んでるのは熟知している。お前がそう急くという事はお楽しみ中か?時間は取らせないが」
大人びた苦笑の気配が漂ってきた。
『どいつもこいつも中学生かっつの。ご想像はご自由に…で?何だって?』
しらばっくれる気か。
こめかみに青筋が浮かぶ。
こちらの用件が1つで、タイミングを鑑みても話の内容は容易く想像できるだろうに。
しかも相手が聡明で察しが良いと知っているだけに、尚、苛立ちが増す。
「…陽大の事しかないだろう。昴、何を考えている?俺はよろしく頼むとは言ったが、祭り上げてくれとは望んでもいない。お前がよく言う適材適所とは何だ。普通の幸せを願う弱者を御輿に引っ張り上げて、周囲の目に晒す事か。俺も礼央もお前の返答如何で行動を変える。こんな形で袂を分かつのは残念だが」
目の前に居たら、掴みかかっている所だ。
俺達もそうだが、下の者達はもっと怒りを隠せず猛っている。
さらさら抑える気もないが。
通話口の向こうからは、低い唸りの様なため息が聞こえた。
「秀平はさー、前も似た様な事を言ったけどー覚えてねえだろ、どうせ。俺にこうやって1カ月前の話をわざわざ今、電話で伝えてきたり、コソコソと子飼いに探らせるより、もっと優先する事があるだろうが。てめえらの私情なんざ知ったこっちゃねえんだよ。可愛い自分達の憤りよりも、何で直接陽大の支えになってやんねえ?俺に電話する暇があったら、陽大にもっと電話してやれよ。つーか会って話聞いてやりゃあ良いだろうが。行動の矛先、間違い過ぎてんだろ」
「…お前にはわからない、細やかな事情だ。陽大は俺達をあまり頼らない、本心を包み隠して周りを優先する。昔からずっとだ。直接支えたいと願っても叶わなかった、だから敢えて回りくどいやり方で守るしかない。これが俺達のベストなやり方だ。数カ月でちょっと接したぐらいのお前には理解できないだろうが、人にはそれぞれ事情がある」
絞り出したもどかしさを、一笑に付された。
『誰にでも何らかの事情があるのはわかるぜ、んなの当然だろ。陽大は優しすぎる、自分より周りを優先する、遠慮して何も語らない、だから諦めたって?回りくどい手段がベストだって?願っても叶わなかったって、お前バカなの?手前勝手な都合の良い夢だったから叶わなかっただけだろうが。さっき言ったよな、普通の幸せを願う弱者を御輿に引っ張り上げたって、てめえら全員、陽大を何だと想ってるんだよ』
相容れない苛立ちを、ザクザク切り刻まれる。
後には何も残らない程に。
『腫れ物みてえに接して、あいつの幸せが何かって、ろくに聞いた事もねえのに知った口聞きやがって、箱庭に閉じ込めようとしてる。てめえらこそ陽大の気持ちを無視して決めつけるから、だからあいつは何も言えなくなるんだろうが。
陽大は弱くねえ。あいつは男だ。あいつが丁重に守られる事をいつ望んだ?「普通の幸せ」って何だよ。それこそ人それぞれ違うだろう。てめえらの望む陽大はまるで人形だ。ガキが甘えてんのと変わらねえ。そういう意味で「お母さん」とか呼んでんなら、ふざけんなって話だ。陽大は物じゃない。まして秀平、てめえのものでも無え、人1人の人生背負う覚悟も無えガキが、外からグチグチうるせえんだよ』
それでも俺は、吠えるしかないのだ。
全部己の我が儘と知れていようと、悠と本質的に大差なくても。
「立派な言い分のお前が、陽大を傷付けたら許さない。生徒会の件はお前の独断だと聞いている。もし陽大に何か起こったら、俺はお前を許さない」
『ホントにお前は…あーもう、好きにすりゃ良い。切るぞ』
唐突に終わる通話に、何か嫌な予感が走った。
それが現実のものとなるのに、時間はそうかからなかった。
2014.4.11(fri)23:02筆[ 583/761 ][*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]
- 戻る -
- 表紙へ戻る -