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 泣いて笑って、一息吐いてから改めてお茶を入れた。
 牛乳を足して温め直したほうじ茶ラテは、ほろ苦かった。
 お茶うけにいただいた、これもまた凌先輩がじいやさんに言付かって持って来てくださった、カラメルビスケットの甘さがぴったりだ。
 サクサクの歯触りも楽しい。
 ほんとうに気持ちが上昇して、凌先輩の隣でリラックスしながら、たどたどしく言葉を繋いだ。

 「消えない、んです」
 「消えない?」
 「はい…柾先輩が親身に接してくださったこととか、俺のことを面白がってバカ笑いする表情とか、全部、俺だけの特別なものじゃないって、わかっているのに、いつまでもひとつひとつ忘れられなくて。忘れようと想えば想う程、鮮明になるから、じゃあ放置してみても消えない。どうしたらいいのか、我ながら困ってます」

 凌先輩は静かに頷いてくださった。
 「…わかるよ、俺もそうだった」
 短い同意にますます安心したけれど、凌先輩と宮成先輩のことを想うと哀しかった。
 夏休みにこっそり打ち明けてくださった、以前程ではないけどまだ好きだって。
 戻りたいわけじゃないけれど、気持ちは残っているって。
 どうして自分のことなのに、この想いは自由に操れないんだろう。

 「体育祭の時とか、お芝居なのに変に意識してしまって。後から考えるとよく乗り越えたなぁって。婚約者さまもいらっしゃるのに、ダメダメですね、俺…すぐ号外が出たじゃないですか。柾先輩が婚約者さまとお電話してらっしゃる、大きなお写真が出た、あの表情でお電話していらっしゃるの、実は3大勢力さんの隠れ家でたまたま目撃したことがあったんです」
 「え?その話は初耳だな…知ってたの、陽大君…」

 「はいー…新入生歓迎会の後、でした。柾先輩のお手伝いに呼ばれて、でも俺、うっかり寝ちゃって、目が覚めた時、電話してらっしゃったんです。すごく大事な方とお話してらっしゃるんだなって、一目でわかる表情でした。『れな』さんっていうお名前も、確かに口にしていらっしゃって、先輩は大事な人にはこんなにも優しい、幸せそうな表情になるんだなぁって…わかってたんですけれども」
 膝の上で手を握りしめる。
 その手に、凌先輩は包みこむように触れてくださった。

 強い意思を宿した光ある瞳が見せる表情は、いつもどこか遠くを見据えていて、厳しいか面白がっているか、まっすぐなものしか俺は見たことがない。
 ハチミツみたいに甘い、優しく目を細める表情は、たった1人の大事な人のためのものだから。
 「修学旅行のお土産、『陽大はよく頑張ってくれてるから』って、ふいにくださったんですよー…北海道の食材もたくさん送ってくださって、でも、このストラップが1番嬉しくて…何ですかね?ただの気まぐれで、特別なものじゃないのに」

 だけど、俺は勝手に意識して、誰にも知られないようにコソコソしている。
 携帯を人前で出す時は、見えないようにストラップを握りこんで、でもなるべく自室や1人の時にしか出さないようにして。
 「今日ね、生徒会の床がワックスでピカピカで、柾先輩とお仕事のお話してる時、うっかり滑ってしまったんですが、支えてくださって。そういう些細なことに、いちいち反応してしまう自分が嫌です…」

 涙の代わりに、ため息が出て声が掠れた。
 ためこんでいた想いを聞いていただけたおかげで、ずっと胸を覆っていた重苦しさから解放されて、けれどここまで話してしまっていいのだろうかと顔を上げたら。
 凌先輩は眉を顰め、口元に手を当てて考えこんでおられた。
 不快にさせてしまっただろうか、すみませんとちいさく謝罪したら、「いや、違うんだ。陽大君が謝る事は何もない」とかぶりを振られた。

 「そうじゃないんだ…あのね、陽大君。俺達は皆、幼等部からずっと一緒だ。それだけ長い付き合いだけど、プライベートや心の奥まで、お互いを深くは知らないし、学園を1歩離れたら干渉しない。現に大学部まで上がった先輩達は、大学部は外部生が多いこともあってか、同年でも交流を持たなくなる。3大勢力に関わった者なら尚更かも知れない…忘れたい、じゃないけど、もう良いだろうっていうかね。その辺りの心理は理解できる。それはさておき、俺は昴のことをよく知りはしないけれど」

 うーんと、いつも明快な先輩が唸っておられる。

 「ただの一後輩にそこまで心を砕く奴じゃない、という事はわかる。何とも想ってないのに意味なく旅行先からお土産買って来るとか、大体、陽大君を補佐にするとか…昴はある一面においてはわかり易いんだ。1度懐に入れたら昴なりのやり方で大切にする。生徒会や学園での役割を重視するだけなら、もっとクールに接する奴だよ。
 俺はずっと、昴にとって陽大君は可愛い弟みたいなものなのかと想ってきた…だからふざけたり、からかったりするんだろうなって。でもお土産然りだけど、いくら寝てるからってそんな大事な電話、気軽に人前でする奴じゃない。現に俺達は、昴がプライベートな電話をしている姿を見た事がない。俺の想像以上に、昴は陽大君に隙を見せてるんだな…心を許している気がする」



 2014.4.10(thu)23:56筆


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