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 そうっと、リビングまで手を引かれた。
 寄り添うように、背中にも手を添えられ、支えられてソファーに腰かけた。
 凌先輩は肩が触れる位置で隣に座り、俺が落ち着くまで黙って待ってくださった。
 片手はぎゅっと繋いだまま、時折肩や腕を撫でてくださる、その優しい動作にますます泣けて仕方がなかった。
 責められたり、嫌がられて当然なのに。

 凌先輩の大切なお仲間さんであり、学校の未来を担う責任者さまの1人でもあり、婚約者さんがいらっしゃる御方を好きだとか。
 引かれても不思議じゃないのに、先輩は俺の隣にいてくださっている。
 申し訳なくて、何とか声を振り絞った。
 「…すみませ…こんな、見苦しい姿…しかも、俺なんか、が…」
 
 その時、ハンカチを差し出してくださりながら、凌先輩の眼差しが強く、どこか険しい表情を宿して、俺をまっすぐに見つめた。
 「陽大君、そんな風に言わないで」
 有無を言わさない口調に、心臓が縮まる想いだった。
 やはり否定されるんだと納得しながら哀しかったのは、一瞬のことだったけれど。

 「見苦しくない。『俺なんか』なんて言って欲しくない。君は何も悪い事していないじゃない。人を好きになる感情に、間違いも正解もないよ。倫理観に左右されるだけで…相手は同性で、しかもあんな得体の知れない昴だけれど…このおかしな学園の生徒会長で、最大規模の親衛隊があって、他にも信者だかストーカーだか怪しい人から、陽大君みたいに何故こんな良い子が?っていう人まで、好意も憎悪も人1倍向けられてる奴だけど」

 涙が止まった。
 澱みなく淡々と話す先輩の様子が、こんな時だけどなんだか可笑しくて。
 「…凌先輩…柾先輩のこと、けなして…?」
 「まぁ複雑なんだよ、俺はたった今ね。こんな良い子で可愛い後輩が、あんな野獣を…カマかけておいて何だけど、やっぱりそうかという想いと、陽大君には絶対もっと良い人が男でも女でも居る筈という、親心と言うか兄心と言うか、友愛と言うか心配と言うか…」
 「や、野獣………」 

 はあ、と大袈裟な程にため息を吐いて。
 凌先輩は、今度は切なそうに目を細めて、俺を見つめた。
 「それでも、人を好きだという気持ちは止められないから。周りが何と言おうと、ね…俺は陽大君の先輩だよ?すごく身に憶えのある、経験済みの感情だから、例え相手があの昴であっても、好きになった自分を否定して欲しくない。その気持ちを大切にして欲しい…とは昴だけに複雑だけど、陽大君は何も悪くない」
 ふわりと頭に手を置かれた。

 「それに、俺に言ってくれたでしょう。泣けるだけ泣いたら良いって。あの時、俺がどれだけ救われたか知ってる?どうしようもない忘れるべき想いを、1人で抱え込んで苦しかった、それを陽大君が認めてくれたから、すごく安心して吹っ切れたんだ。俺と状況が違うけどね…まだ始まったばかりだものね。それでも恋って一喜一憂の振幅が激しいから、陽大君は特に周りを第1にして、何でも1人で抱え込んで苦しいでしょう。今、泣けるだけ泣いたら良い。話はそれからだ」

 よしよしって、しなやかな手で撫でられる優しい感触と言葉に、冷たくなって居た手足の先まで温まる想いだった。
 こんな俺を、凌先輩は否定しないでくれた。
 情けない姿を目の当たりにしても、嫌な顔1つせず側にいてくださっている。
 そうして一緒にいてくださることが嬉しくて、目尻の端をこれまでと意味の違う涙が零れ落ちていった。
 
 「ありがとうございます…大分スッキリしました。凌先輩のおかげです」
 「もう良いの?俺に気兼ねすることは何もないからね」
 「はいー…恐れながら、凌先輩の柾先輩評がなんだか可笑しくて、涙吹っ飛んでっちゃいました」
 「え、そこ?」
 「はい…凌先輩、別に柾先輩のこと、お嫌いじゃないですよね?」
 問い掛けた途端、凌先輩は渋面になってしまわれた。

 「そこは今、本当に今、複雑な気持ちなんだよ。今まで勿論、仲間として戦友として大事な存在だと想ってきたし、俺は昴の手腕を尊敬している。宮成先輩との時には、昴がかなり力添えしてくれたし、感謝してるよ。だけど、俺の大事な陽大君が、となると話は別だ。ねえ、これが娘を嫁に出す父親の気持ちってやつなのかな?」
 「ええ?!俺が凌先輩の娘ということですか!しかも嫁?!」
 「うーん…まさかこの年でこんな心境を知るとは…」

 神妙な面持ちで唸る、至って真面目な先輩が不思議で可笑しくて、俺の涙は笑いと化して完全に消え去ってしまったのだった。



 2014.4.9(wed)22:32筆


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