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 「それにしてもすごいな、陽大君は。冷蔵庫にあるものだけで美味しい食事が作れるなんて。急に押しかけて悪かったね。でも、すごく美味しかった」
 「いえいえ、とんでもないですーお口に合ったなら幸いでございます」
 凌先輩と並んで洗いもの、なんて初めてだし貴重だなぁ。
 お家のことはすこしも手がけたことがなく、寮でもハウスキーパーさんに頼りっきりだと言う先輩の手付きは、見ていて危なっかしい。

 いつも颯爽と風紀委員さんの業務をこなしておられる凌先輩が、お皿と格闘しているお姿は、なんだか微笑ましくて新鮮だった。
 「こちらこそ、差し入れにおいしいスモークベーコンとソーセージと、諸々の香辛料までいただいてしまって…ありがとうございました。じいやさんによろしくお伝えくださいね」
 「どういたしまして!じいやも両親もすっかり陽大君を気に入ってるから、あれこれ贈りたくて仕方がないみたい。また何か届くと想うから、受け取って貰えると助かるよ」

 夏休みに遊びに行った先輩のご実家で、出迎えてくださったご両親とじいやさんの温かい笑顔が想い浮かんだ。
 凌先輩は厳しくも優しい、穏やかな大人たちに囲まれて育ったんだなぁって、胸がじーんとなったんだよねぇ。
 とても親切におもてなししてくださって、お父さまのお仕事の1つらしい、食品輸入の伝手があるからって、あの時もおいしいお土産をたくさんくださったっけ。
 
 今夜も、「陽大様にお渡しください」ってじいやさんから言付かった食材があって、元々届けようと想っていたのだとか。
 食堂や購買、ルームサービスを取ることも考えたけれど、そんなこんなで新居の我が家にお越しいただいて、先ずは夕ごはんということになった。
 ショッピングセンターに行くには遅い時間、久しぶりにゆっくり凌先輩と過ごしたかったし、ありものの材料でスピードクッキング!

 いただいたばかりのベーコンと大根葉のチャーハン・塩麹チキンステーキのせと、夏野菜たっぷりトマトスープ、じゃがいものバター醤油焼き、それらを青菜のサラダと一緒にワンプレートに盛りつけた。
 ランチの趣だけれども、先輩が喜んでくださったからよしとしましょう。
 食後のお茶は何にしようかなぁ。
 アニキ先輩にいただいた、素敵なマドレーヌと焼き菓子があるから、それをいただこうかな。
 って、今夜はいただきもの尽くしパーティーですねぇ。

 久しぶりにゆったりとした時間、凌先輩の落ち着いた雰囲気と、穏やかな話し声に癒されて、俺はかなり気を緩めていた。
 慣れない食事の用意を、どこかビクビクしながら手伝ってくださった、きっと器用な御方だから慣れたらスマートにこなされるであろう、凌先輩の隣で、何の警戒もあるわけがない。
 それこそ鼻歌混じりで、洗いものを楽しんでいた。
 そんな俺を、先輩が静かに見つめていることに気づきもしないで。

 今日を乗り切ったこと、寮へ無事に戻って来たことに、すっかり安心していた。
 「さて、と。お茶入れますね。凌先輩、何がいいですか。コーヒー、紅茶、日本茶…っと、ハーブティーもありますよ。ほうじ茶ラテとか、優しい飲みものがいいですかねぇ」
 「ありがとう。そうだな、ほうじ茶ラテにすごく惹かれる」
 「かしこまりましたー少々お待ちくださいませ。よかったら、ソファーにお掛けになってお待ちくださいね。洗いもの手伝ってくださってありがとうございました」

 「いや、却って邪魔になっただけでごめんね」
 「とんでもないですーご一緒できて楽しかったです。凌先輩、器用さんでいらっしゃるから、慣れたらチョチョイのチョイですよー。武士道だってみーんな、アノ一成さんも最初は滅茶苦茶なお手伝いっぷりだったんですよ。ふざけてお皿割るわ、洗剤でお米洗おうとするわ、キッチンでケンカ始めるわ、包丁使ってる俺に抱きつくわで、何度怒鳴り散らしたことでしょう」
 「ふふ…それはすごいね。面白い事を聞いた」

 「今でこそお手伝いナンバー1の一成にも黒歴史あり、なんですよ。それはとにかく、どうぞ気兼ねなくゆっくり座っていらしてくださいね。もうすぐできるので」
 うん、と頷いて。
 淡い笑みを浮かべた凌先輩は、そのまま、キッチンに留まっていらっしゃる。
 何を想うこともなく、温まった牛乳に茶葉を入れてゆっくり煮出して、俺は手元に集中していた。
 よしよし、後はカップに注いでお好みで甘みをつけてできあがり。

 「…陽大君が最近、携帯につけてるストラップって、昴の修学旅行土産じゃない?」

 その瞬間、心臓が凍ってしまったように、時が止まった。
 「え…?」
 もう取り繕うこともできない、俺はただ、愕然と凌先輩を見返した。
 先輩は何故か、労るように心配そうな瞳で、俺を見つめていた。
 「これは俺の一方的な勘でしかないけど、陽大君の友人として気がかりだから言わせて貰う。陽大君、もしかして、昴のことを特別に想ってない?その、恋愛感情として」

 今日を乗り切ったと想っていた。
 想わず外へ零れ落ちそうになった、だけど上手く隠せたって。
 バレた。
 凌先輩は、気づいていた。
 誰にも見られないようにって、なるべくポケットに入れたまんま、やむなく人前で出す時は見えないようにストラップを握りしめてた。
 
 さもしい、ちいさな幸せを、俺はまったく隠し切れていなかった。
 今も。
 「まさか、そんなわけないですよー!」とか、「恐れ多いです!」とか、「あのような笑い上戸病さんはちょっと…」とか、いくらでもごまかせた、いくらでも隠せたのに。
 目を見開いて、図星を当てられて驚いています、困っていますって、そんな表情で凌先輩から視線を逸らせずに突っ立っている。
 隠すこともごまかすこともできない。

 想いはそのまま、止める間もなく情けない状態で現れた。
 感情と身体が結託して、こう動いて欲しいという俺の願いを聞き入れてくれない。
 泣きたくなんかないのに。
 凌先輩の目の前で泣いたって、この優しい先輩を困らせてしまうだけなのに。
 それでも胸の奥から、喉の奥から、熱いものは込み上げてきて、そのまま涙として溢れ続けた。



 2014.4.7(mon)23:10筆


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