46.消えない


 早く帰りたい。
 そんな気持ちでいっぱいだった。
 一生懸命お仕事に集中しているフリで、進んでお茶を入れたり、お使いに駆け回っていても、なかなか時間が経たなかった。
 いつもあっと言う間に1日が終わってしまうのに。
 ひとつ幸いなことに、学園祭前の慌ただしさに追われ始めていたから、皆さんそれぞれのお仕事に真剣で、他のことに気を回される余裕がないようだ。

 よかった、今、平静を保てているかどうか自信がないから。
 「陽大、ソレ風紀に持ってってくれたら、そのまま上がっていーぞ」
 「え…皆さん、まだお仕事なさってるのに…」
 「中間前だしな。テスト終わったらもっと遅くまで残って貰うことになるから、今の内に早く帰ってゆっくりしな。俺らもてきとーに切り上げっから」
 眼鏡越しに有無を言わさない視線を感じた。

 それでもあまり目を合わせられる状態じゃない。
 この人の瞳が、俺は怖い。
 まだ大きな手の感触が残っているような気がして、ぎゅっと腕を掴みつつ、「それではお言葉に甘えさせていただいてもよろしいですか」と伺った。
 ほんとうなら、率先して残るべきなんだろうけれど。
 視線を合わせるのは怖かった、でもとてもありがたい言葉だった。

 「大仰だなー、どうぞお構いなく。お疲れさん」
 先輩がかすかに笑って頷いた途端、それまで一心にパソコンや資料に向かっておられた皆さんが賑やかに立ち上がられた。
 「えぇ〜はるちゃん帰るなら俺も帰るぅ〜」
 「「待ってーお母さん!一緒に晩ごはん食べよぅよー」」
 「はると…。待って。」
 けれども、続いてガタリ、ゆらりと立ち上がられた日景館先輩が静かな声を放たれた。 

 「うるせぇぞ、ガキ共…お前らは仕事最優先だろうが。悠、貴様はとっとと最終稿出しやがれ。宗佑はこの間の議事録がまだだろうが。優月と満月は文化部と運動部の意見折衷案と各委員会の纏めはどうなってる。為すべき事もやらねぇでお母さんお母さんって甘えんのも大概にしねぇと…どうなるかわかってんだろうな…?」
 「「「ハイ。仕事頑張りマス」」」
 「…ハイ。…マス。」

 あわわ、俺もやはり残ったほうがいいのでは?
 日景館先輩の方を伺うと、にっこりとプリンススマイルを頂戴してしまった。 
 「此所は俺に任せておけ、前陽大。くれぐれも気をつけて帰る様に。風紀へ渡す書類、頼んだぞ」
 「か、かしこまりました!」
 プリンスさまだけど、男らしいー!
 頼もしいお言葉と、託されたお仕事に背中を押された。

 皆さんにお茶のおかわりを入れ、テーブルに予備としてポットいっぱいのお茶も用意して置き、こっそりお茶菓子も添えてから、「お疲れさまでした。お先に失礼いたします」と退出させていただいた。
 手を振る、お可愛らしい1年生組さんたちに振り返しながら、最後まで、先輩の顔をうまく見ることができないまま。
 扉を閉めると、気持ちが落ちこんで、でもそれは寮に帰ってから!と気合いを入れて顔を上げた。

 寮に帰るまでがお仕事です。
 大丈夫、俺は強い子負けない子、プリンスさまの足元にも及びませんが俺とて男子ですからね。
 きりりと風紀委員室に立ち寄り、お使いを済ませて、こちらでも皆さまにお茶をお入れしながら、今日は冷蔵庫が充実しているからまっすぐ帰ろうと想った時だった。
 「前君、鞄を持っている様だけど、もしかして今日はこのまま上がり?」
 「はい、渡久山先輩。追いこみ前だから今の内に帰るようにとご配慮いただきまして…お言葉に甘えさせていただくことにしました」

 流石は凌先輩だなぁ、よく見ていらっしゃる。
 外ではお名前で呼び合うと、何かと厄介だからと、すこし他人行儀になってしまうのは寂しいけれど。
 「そう。俺も一緒に帰って良いかな」
 「えっ」
 「風紀も追い込み前だからね。業務は終わっているし…構いませんか、委員長」
 「あぁ、そうしろ。その方がクンちゃ…前陽大の帰路の安全も確保されて良いだろう」
 「「「「「そうだそうだー安心だー」」」」」

 あらあら?

 というわけで、凌先輩と一緒に帰ることになった。
 道々、何故か「渡久山様、護衛お疲れさまです」のお声をいくつか頂戴しつつ、凛々しく背筋を伸ばされている先輩を見上げた。
 「何だか申し訳ないですねぇ」
 「そう?」
 「俺はとても嬉しく心強いですが…護衛だなんて滅相もございませんし、こんなに堂々とご一緒してよろしいのでしょうか」
 
 凌先輩は軽やかに笑って目を細めた。
 「生徒会と風紀と武士道はいがみ合ってるものね?」
 「そうですねぇ、…表向きは」
 ほんとうは皆さん、あんなにも仲よしさんなのにって想ったら、不思議とおかしくなって笑ってしまった。
 「久しぶりだね、2人で話すの…そろそろ人気もないから良いかな、陽大君」
 「はい、凌先輩」

 2学期に入ってからバタバタで、凌先輩と風紀委員室でお会いする機会は多くても、個人的にお話する時間は持てなかった。
 落ち着いた雰囲気の先輩と一緒にいると、感化されて心が凪いでいくようだ。
 「良かったら、もっとゆっくり話したいな。この後、何も予定がないなら、一緒に食事しない?」
 「わぁ、嬉しいですー!今日は武士道もバタバタでいなくって。でも凌先輩こそいいんですか?いつもお忙しそうですのに」
 「そうでもないよ。俺からすると、陽大君の方が忙しそうに見える。生徒会だの武士道だの1Aだの、大きな子供達に囲まれてね」

 2人で顔を見合わせて笑った。
 
 

 2014.4.6(sun)23:55筆


[ 579/761 ]

[*prev] [next#]
[目次]
[しおりを挟む]

- 戻る -
- 表紙へ戻る -




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -