42.凌のココロの処方箋(8)


 一通りオーダーを終えたら、当然ノンアルコールのフルーツサワーで乾杯、アミューズのひとつ、チーズをつまんだ。
 「…悪ぃな、急に呼び出して」
 「構いませんよ。それにしても、凝った呼び出しですね?宮成先輩」
 あなたにしては、とくすりと笑う。
 誰よりプライドが高かった彼、俺が少しでもからかう様な態度を取れば、すぐ拗ねていた以前の姿はもう見られない。

 照れた様に苦笑して、一息でグラスを空にした。
 会う度に大人になっていく、時が経つ程に変化していく。
 それを心強く、頼もしく想う反面、一抹の寂しさはどうしたって拭えない。
 「渡久山と2人で話したいってなったら、コレが1番良い手だと想ったんだよ。目くらましになるし、完全にプライベートが守られる。まさか部屋に呼ぶ訳にいかねぇだろ」
 「確かにご最もです。しかし、口さがない噂は免れないでしょうね」
 「望む所だ。好きに噂すりゃ良い。大方、俺がお前に未練の懇願ディナーってのが関の山だろ」

 閑散としたレストランには、先輩と俺とスタッフ以外に誰も居ない。
 生徒の予約次第でその日の営業が決まる、ショッピングセンターのフレンチレストランは、先ず平日に殆ど利用がない上、今は中間試験と学園祭を挟んでの繁忙期だ。
 静かに話をするには好都合、ましてゆっくり展開されるフレンチのディナーは、密談に最適と言える。
 学園に関わる外部業者全て、個人情報の管理は徹底されているから、此所で話した事が他の生徒に漏れる心配もない。

 恭しく運ばれてきた前菜の説明に耳を傾け、芸術的な出来上がりのサラダにフォークを入れながら、それにしても此所の食事設備は整い過ぎていると嘆息した。
 食堂にしろ購買にしろ、レストラン設備にしろ、下界の一流店と何ら遜色ない料理とサービスを、気軽に提供している。
 いや正直、下界へ帰った時に、並みの店が劣る様に感じてしまう程だ。
 此所の生徒なら誰もがステイタスを感じ、愛用している、「HOTEL KAIDO」とも堂々と肩を並べるのではないか。
 
 俺の気の所為だろうか。
 まさかそこまで、超一流のサービスを学園生活に供する事はないか。
 時節の話に興じながら、前菜を片づけた所で、先輩が息を吐いた。
 「話っつーのが、ちょっと無粋なんだが…個人的に危機感持ってるから、お前の見解も聞きたいと想ってな」
 「何でしょうか」
 軽く首を傾げると、言い辛そうに眉を顰められた。

 「渡久山は前と仲が良いだろ…その、何か聞いてないか」
 「勿論、仲は良いですが、最近、陽大君が忙しいものですから…ゆっくり話す時間はないですね」
 まっすぐに渋面を作ったままの顔を見返した。
 まさかと、テーブルの上に置いた手を握り締めた。
 「そうか…俺の下らない邪推なら良いんだが…前ってさ、柾の事、特別に想ってんじゃねーかと、俺からはそう見えるんだが」
 
 予感は的中した。
 「………宮成先輩からもそう見えるんですね」
 「俺からも、っつー事は、お前もそう見るか」
 「はい…本人に確認はしていませんが」
 元々静かな場が、更に静まり返った。
 あらかじめその様に言付けておいたのだろう、次の料理はまだ運ばれてこなかった。
 予期せず同時に、深いため息が被った。

 「他に、誰も気づいてねぇよな?」
 「恐らく。武士道はどうかわかりませんが、生徒会の他のメンバーや一般生徒は何も気付いていないかと…何せ陽大君、自然に振る舞っていますから。傍から見れば健気に生徒会活動を頑張っている様にしか見えません。夏休み前の婚約者騒動もありますし、彼自身、あのバ会長とどうにかなりたい気もゼロでしょう」
 「バ会長って、何か俺が堪えるわ…アノ騒動自体、マジか何なのか、柾は何を考えてんだろうな?」

 俺に聞かないで欲しいと、今度はこちらが苦笑いを浮かべるしかない。
 「未だに誰も確認できてないんですよ、宮成先輩。忙しさにかまけてね。当人が飄々と話を交わす姿が易々と目に浮かびますし。家柄上、自然な話だとは想いますが…外で遊び回っているのを知っているだけに、真偽は別として、俺はどちらにも同情を禁じ得ませんけどね」
 「ハハ…けどアイツ、最近あまり下界に下りてねぇんじゃね?昔に比べりゃ、大人しくなってんだろ。ま、過去より今なんだが…アイツは気づいてねぇんだよな、現状」
 「昴の考えている事なんて、誰にもわからないですよ。あぁ、旭以外は」

 再び沈黙に落ちるテーブルに、絶妙なタイミングで冷たい水と熱いコンソメスープが運ばれてきた。
 黄金色に輝くスープの旨味と温かさに満たされ、先走って急く気持ちが落ち着きを取り戻した。
 本当に何を食べても美味しいな。
 こんな時でなければ、もっと料理を心ゆくまで堪能できたのに。
 こんな時でなければ?
 この人と、2人っきりのこの状況で?
 
 悪戯に浮かぶ気持ちに、かぶりを振って、冷たすぎない水を一口飲んだ。



 2014.4.2(wed)23:59筆


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