39.手のひらの上


 コロンと転がされた。
 「やる」
 言われるがままに手を開いたら。
 ひんやりした感触に、何かと目を向けようとして、でも「見つかったらうるせえから仕舞っとけ」って言われて、慌ててその何かを握り締めた。
 「陽大、よく頑張ってくれてるし。俺の留守も守ってくれたからな。その礼代わり」
 久しぶりに賑やかな部屋の中、キッチンの片隅でただ手を握り締めていた。

 
 2年の先輩方が修学旅行に出発なさったのは、9月の終わりのこと。
 十八学園さまの修学旅行?!
 と、戦々恐々としたことがある俺だけれど、生徒の皆さん、海外に行き慣れていらっしゃるということで行き先は国内に限定されていること、入学前の事前情報(十八さんより)で確認済みだ。
 とは言え、1週間も先輩方がいらっしゃらないだなんて。
 仁と一成もいないだなんて。

 一体どうなることかと、俺は無事に補佐の職務を務められるものかと、違う悩みで戦々恐々となった。
 1学年ごっそりとお留守にされるだなんて、まったくどうしましょう。
 不安と心配の種は尽きなかった。
 けれど、3年の先輩方が俺に光明を与えてくださった。
 学校の暗黙の了解?当然の風習?で、2年生さんが修学旅行中は、各委員会各部会共に機能が止まらないように、もう引退なさった3年生さんが期間限定で復活してくださったのだ。

 生徒会には宮成先輩と補佐の先輩、風紀は日和佐先輩がまだ現役で心強いし、武士道も一部の3年生組と、俺と同じ1年生のトンチンちゃんが頑張ってくれた。
 所古先輩や十左近先輩も、何かと気にかけてくださり、先生方のフォローもあって、怒濤の1週間無事に終了!
 いや〜早かったやら遅いやら。
 アワアワと生徒会のお仕事や、自分ごとの勉強や生活をこなしている内、夢中のまんまで1週間経った。

 同時に俺は、ちょっぴり期待していた。
 この1週間で、柾先輩のことを忘れられるのではないかって。
 絶対に叶わない想いだと、ゴールは見えているのだから、行き先は北海道だと聞いていたし、このとんでもない距離感と時間が、なかったことにしてくれるのではないか。
 完全に想いを断ち切れなくても、すこしは薄れるのではないか。
 気持ちを休められるのは間違いないって。

 生徒会に入って当然ながら、1学期の頃より柾先輩と距離が近くなった。
 お仕事が主に先輩の補佐だから余計に、毎日必ず会って、毎日近い位置で相対することになり、どうしたって意識してしまった。
 どなたさまにも気づかれるわけにはいかない、俺は何も特別な好意なんて抱いていませんよと、平静を装うことに勝手ながらすこし疲れていた。
 嫌が応にも意識してしまう、でも距離が空けば、熱は冷めるのではないか。

 そうであって欲しいと願うような想いと、好意がなくなったらどうなるんだろうという怖さ、半ば賭けのような気持ちでいた。
 1週間経って迎えた放課後、生徒会室で1週間前と変わらず飄々とした、柾先輩のお顔を拝見して。
 逃げ出したくなった。
 逃げ出すことと変わらない、俺は挨拶もそこそこに「お茶入れますね」とキッチンへ行った。
 宮成先輩を労う先輩方のお声、お土産話をせがむ優月さんと満月さんたちの笑い声、いろいろな楽しい空気から、俺は1人離れた。
 
 お湯を沸かしながら、逸る鼓動を鎮めたいとばかりに、胸元をネクタイごと握った。
 柾先輩が生徒会室にいる。
 当たり前のようにいる。
 旅立つ前と変わらずお元気そうで、笑っている。
 1週間ぶりだ。
 1週間もお姿を拝見できなかったんだ。

 (旅行前にバラ蒔かれ、学園中に張り巡らされた、所古先輩特製の号外、『さらば柾…!また1週間後!!/修学旅行直前メモリアル・柾昴・秘蔵グラビア大特集』のお写真は、あちこちで拝見したけれど)

 ひとつずつ、順番に実感して。
 お湯が沸く前に、俺の顔、身体中が沸騰しそうになった。
 たった1週間、されど1週間。
 想いを和らげること、手放すことに十分な時間だった筈なのに。
 俺は何ひとつ成長していないばかりか、この込み上げてくる感情は何だろう。
 どうして僅かにも忘れられないのか。



 2014.3.26(wed)23:49筆


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