37.銀いろ狼ちゃんの計算(6)


 鍵が開いたら、すかさず大きく扉を開いて。
 「おかえり〜はるる」
 「ただいま〜一成!一成さんもおかえりなさい」
 「…ただいま〜」
 当然、部屋の主であるはるるを先頭にしつつ、背中からお決まりのご挨拶。
 にっこり笑って振り返った姿に目を細めながら、警戒は怠らない。
 速やかに扉を閉め、オートロックが掛かる音を聞いた。

 「ふう〜お腹ペコペコだねぇ!って、わぁ!」
 「うん!ペコったにゃ〜はるる〜もう歩けないにゃ〜」
 「まあまあ、一成さんったら!立派に180センチメートル近いイケメン男子なのに、なんて甘えたさんなんでしょうねぇ」
 「…(センチメートルって…つーかそこだけビミョーに声低っ…)エヘヘ〜ペコって歩けないから〜おんぶしてって〜」
 「まったく仕様がない子ですねぇ!ふむ、まぁ、今日は男・陽大の背中を貸そうじゃありませんか!しっかり掴まってい給え!ふぬっ…っと、ん?意外に俺、一成さんクラスを背負えるな…ふふふ」

 甘えて背中に抱きつき、寄りかかりながら。
 負担が掛かり過ぎない様に、(けど気づかれない様に)自力でタラタラ歩きつつ、きりっと凛々しい面立ちで室内を進軍している、はるるの表情を盗み見る。
 最近の俺のクセだ。
 何せはるるは、元気を装うのが上手い、どんな時でも笑顔が基本だから。
 辛ければ辛い時ほど、この子は笑う。
 自分の心の中に全部収めてしまう。

 俺と似ていて、俺と全く違う所。
 
 俺はただ、周りに干渉されたくないだけ、面倒くさいだけ。
 自分の心に留めて、自分の所為にしておけば、事態は大きくならず回避できる。
 ラクな方を選んで、怠けてるだけ。
 はるるは違う。
 誠実に我が身を振り返って、反省して、どうしたら周りが幸せになれるのか、真剣に考える。
 優しい子だから、はるるは。

 自分が周りの負担になるぐらいなら…って、ちょ、マジかってぐらい退いてしまう。
 無理を無理とも想わないで、自らボロボロになる事を望むから。
 そうして強く、逞しくなっていきもするけれど。
 俺も、武士道も、はるるが傷つくのは我慢できない。
 ごめんね、勝手な連中で。
 でも、はるるはもう十分よくデキた人間だから、これ以上の成長とかヒトとしての深みとか要らないでしょ。

 だって未だ俺らはガキじゃん。
 ガキの間ぐらい、もっと気楽で良いよね。
 どーせすぐ時間は経つ。
 だったら、はるると俺らで愉快痛快な毎日、それだけで良いでしょ。
 大人になった時は、俺がはるるを全力で守るから。
 だから俺は、頑張り屋のはるるを観察する。
 1日通してすぐ側に居る事が叶わないから、この僅かな時間を見逃すまいと、遠慮なく甘えて接近して見つめる。

 ねえ、無理していない?
 頑張って笑ってない?
 少しでも生徒会がイヤになったら、はるるの負担にしかならないなら、俺はその表情を絶対見逃してあげないからね。
 「はい、とーちゃーく!やれやれ…それにしても皆さん、甘えたさんばかり!イケメンは甘えるからこそイケメンなのか…」
 ぽすんとソファーに降ろされ(たフリをしながら)、聞き捨てならない言葉に眉間とこめかみが疼いた。

 どこのクソボケ共がどのツラ晒してはるるに甘えてんだか。
 どいつもコイツも1回血を見ないとわかんねぇのか。
 いっそ学園的にも社会的に抹殺してやろうか。
 「さて、一成さん。俺はごはんの仕度をチャチャチャーとしてきますからね。あなたは手洗いうがいしたらテーブル拭いて、待っていらっしゃいな。ごはん前だけれど、このミニドーナッツをあげますから、いい子にしているんですよ」
 「え〜テーブルも拭くけど〜はるると一緒に居たいよ〜だからお手伝いする〜」
 
 うだうだフニャフニャ言いながら取り入って、はるるにベッタリくっついたまま、まだ真新しい雰囲気が抜けないキッチンへ入る。
 この部屋全体がそう、殺風景な印象だ。
 それも仕方ない事、いきなり決まった生徒会入りからの特寮入り、一般寮と違って部屋が広くなるから家具が間に合わない。
 休みの日に下界で買い物するか、ネットで何か買うかって話も出るけど、はるるは今それどころじゃなく忙しいから。

 俺はこのシンプルさ、余白が多い空間も好きだけど。
 やっぱりあったかい感じがはるるには似合う。
 早寝早起きのはるるにとって、寝て起きるだけの空間と化してるこの部屋、どうにかしてあげたいなって想ってるよ。
 「…今日も、仁たちはいないんだねぇ」
 ちゃっちゃと料理を進行させながら、しみじみ呟いたはるるは寂しそうだった。
 「ごめんね〜はるる。またその内、鬱陶しいレベルで全員揃うからね〜」

 部屋がシンと静まっている原因の1つは、俺ら武士道のいつものメンツが揃わない事。
 正直、誰も要らないけどねーはるるが賑やか好きだから仕方ない。
 チーム内、お母さんが急に拘束厳しい出稼ぎっつかパートに出ちゃって、しかもお母さんの意思じゃないしっつー事で、荒れに荒れてる。
 やむを得ず、仁と俺で日替わり&トンチンカンよしこ付きっきりで下界に下りる程、抑え利かなくなってんだよね。
 はるるにはソフトに打ち明けて、納得して貰ってる。
 
 何だかねー結局、今回の人事で大損被ってんのはコッチなんだよね。
 武士道敵に回すとか、ナニ考えてんの、あの猿山の大将。
 ガチ腹立つわー。
 「ちょっと一成さん!?怖いお顔で包丁を握ったり、お料理を混ぜたりしないの!そんなにお腹ペコペコなんだったら、だから言ったでしょう?!待っていなさいって!お料理は怖い顔でするものじゃありませんよ!!」
 「わ〜ごめん、はるる〜!ちょっと考え事で〜もう大丈夫〜!気をつけるから〜」


 …この段階では俺も、未だ楽観してた。
 はるるの生徒会活動が何だかんだ落ち着いて、学園生活にゆとりが出て、周囲の興味も早々に他に移って。
 武士道と過ごす時間が、前みたく戻ってこなかったとしても、もっと増えたら、拗ねてる連中も我に返って元通りになるだろう。
 こうやってはるるに怒られたり、褒められたりしながら一緒に料理して、メシ食って、遊んで笑って互いの部屋を行き来し合って。
 
 この俺が楽観してた。
 その平和ボケっぷりが愚か過ぎて笑える。
 都合良く描かれた、手前勝手で邪な夢なんて、叶うワケないって知ってるのにね。



 2014,3,24 23:46筆


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