36.副会長のまっ黒お腹の中身(11)


 「ドーはドーナツのドー」
 「レーはレンアイのレー」
 「んだよ、その歌詞。おかしいだろ」
 「「おかしくねーよっ」」
 「あ、コワー!最近ゆーみー反抗期?コワー」
 「「っるっせぇんだよっ!あっ」」
 「はっはー、隙ありーいっただきまーす」
 「「ゆーとみーのドーナッツ!!許さん!」」
 「ちょ、左右から食いつくなっつの」

 今日も今日とて仲睦まじく、親しい先輩後輩の域を遥かに超えて、最早親子化している昴と双子のじゃれ合いの一方で。
 「「はぁ…」」
 おいゴラ、双子は我が生徒会において1組ではなかったのか。
 俺の気の所為だったのか。
 陽の当たる窓辺でソファーのリクライニングを倒し、だらだら寝そべりながら仲良くおやつタイムに勤しむ親子の反対側では、夕陽を猫背に受けながら体育座りをしている、陰気極まりない悠と宗佑がいる。

 その真ん中に挟まれるように、自らのデスクで紅茶を楽しむ俺、何だこの3分離帯は。
 俺は国境警備隊か、永世中立国か。
 冗談ではない。
 片方からは鬱々とした空気、片方からは和やかな空気、陰と陽のただ中に居ると、正直こめかみが疼いた。
 いずれも手には、前陽大特製の本日のおやつ、ドーナッツと温かいミルクコーヒーを握りながら、こうも纏う雰囲気が違うものか。

 『さぁ、今日のおやつはドーナッツですよー』
 『『『『『えっ、ドーナッツ…?』』』』』
 『お手伝いしてくださった方には、今ならもれなくチョコレートつけ放題!』
 『『『『『喜んでー!』』』』』
 さして急ぐ仕事もない、忙中閑有りといった時期だ。
 昴の方針で、前倒しできる限りの仕事はあらかじめ片づけ、スケジュールは念入りに組まれている。
 
 今日は忙しくないと見越した前陽大の提案に、ほんの数時間前まで大いに盛り上がり、和気あいあいとし、室内には未だに甘い油菓子の匂いが漂っているというのに、何だろうな。
 紅茶党の俺に目敏く気づき、『日景館先輩にはお紅茶を』とポットごと別に用意してくれていった、そのまだ温かい陶器に指を滑らせる。
 今の所、大きな問題や騒動はなく、前陽大は日毎にどうにか生徒会業務に馴れ、好奇の視線も減少していった。

 当初こそ複雑な顔をしていた悠と宗佑も、元々好意があるだけに、すっかり前陽大を生徒会一員として受け入れている。
 問題はそこにあるというか。
 「会長補佐」即ち、専ら雑事担当である。
 雑事をこなし、他の委員会や諸先輩方と交流を持ち、各部署に顔を覚えて貰いながら、会長業務中心に仕事を覚えていく。
 
 誰しもいきなり学園トップに立つ事などできない。
 特に生徒主体の学園生活が声高に叫ばれているこの学園、生徒会長職ともなると半端ない仕事量と多くの決断を迫られる中、そうして雑事をこなしながら感覚を磨いて行くのだ。
 前陽大の今後の身の振り様は、昴からはっきりと提示されていないが、取り敢えず補佐としての第1歩を踏み出した。
 だから今まで手の空いている者が行っていた、各委員への書類受け渡しや連絡伝達の為の外出で、前陽大が生徒会室を留守にする事は珍しくない。
 
 その度に、コレだ。
 それまで和んでいた悠と宗佑が、前陽大が扉から出た途端、陰気くさくなる。
 昴と優月と満月は何も気にせず、生真面目で働き者のお母さんがいなくなったとばかりに息抜きを開始する。
 俺はそのどっちつかずの位置で1人居る。
 なんなんだ。
 前陽大の存在感の大きさと言うか偉大さに、想わずため息も零れるものだ。

 「「「「りっちゃん、ため息!幸せ逃ーげた」」」」
 「逃げた。」
 「…クソが…!こんな時だけ連携しやがって…」
 「「「「きゃーコワーい」」」」
 「コワ。」
 デスクトップパソコンを想わず振り上げた、その時だった。
 「ただいま戻りましたー」
 「「「「「あ」」」」」

 ぱあっと部屋の灯りが1段と明るくなった様な気がした。
 前陽大が戻って来た。
 僅かな間の留守、たったそれだけの事なのに、不思議な安堵が押し寄せてきた。 
 「まあまあ、どうなさいました?また小競り合いですか?ドーナッツはちゃあんとたっぷりあったでしょう?喧嘩しないように仲よくねって、俺、言いましたよね。今度はどなたが原因なのです?」
 「「「「りっちゃんがパソコンぶつけてくる」」」」
 「くる。」
 コイツら…!!

 さっと前陽大の小柄な背中に身を潜める、クソガキ共の小猾い面構えに殺意が燃えた。
 「まあ、日景館先輩だけが原因じゃないでしょう?皆さんの手に持っているものはなんですか?まさかドーナッツじゃないでしょう」
 ハッハッハ、愚民共め!
 お母さんは公明正大で賢く、よく気が利くのだ。
 銘々の手に持った、反撃に備えた時計だの馬鹿デカい三角定規だの辞書だのを、見逃す様なお母さんではない。

 「はい、天誅」
 「「「「「痛っ」」」」」
 漏れなくデコピンを頂戴した俺達の耳に、まだ少しだけ開いていた扉の向こう側から不穏な忍び笑いが聞こえた。
 「くっくっく…はい、委員長、聞こえましたか?今日も生徒会の馬鹿共、お母さんにデコピンされましたよ!」
 「「「「「クソ風紀っ!!おのれ、いつの間に!」」」」」
 「間に!」
 
 怒りをぶつける間もなく、風紀の下っ端は退散し、「折角送ってくださった委員の方に何ていうことを!」と再びデコピンを喰らった。
 しかし、マジで痛い。
 仁と一成が「「…覚悟しとけよ…」」と若干青ざめて言っていた、今の俺なら2人に深く同意できる。
 「柾先輩、各書類OKでございます」
 「イテテ…お?おー、サンキュ。陽大が行くと書類の戻りが早ぇよな。ご苦労ご苦労」
 「とんでもないことでございます」
 
 一見、和やかだ。
 だが俺も、この平和に馴染みがない所為なのか、裏3大勢力、親衛隊、諸先輩方共々に何故か底知れぬ不安を感じる。
 このままでは終わらない。
 何らかの表情を押し殺す様に、唇を噛んで黙している、悠と宗佑の様子も気がかりだ。

 「つーか陽大、俺様にだけ特に容赦なくね?超痛いんだけど」
 「!気の所為でございましょう。被害妄想はお止めくださいませ。先輩がそう感じると仰るならば、先輩ご自身が一家の家長として務めを果たされていない罪悪感から生じるものではございませんでしょうか」
 「コワっ!一家の家長ってな、お前ね…」
 「さあ、優月さん満月さん。次はお2人のお手伝いでしたね」
 「「うん!お母さん、こっちこっち!」」

 一見、和やかなのだが。
 当の家長は事態をどう見ているのかと、額を大げさに撫でているザマを眺めていたら。
 俺の額を指差して、今にも馬鹿笑い病を発症しそうな表情を浮かべたから、今度こそ本気で殺意が芽生えたのも致し方ないだろう。



 2014.3.23(sun)23:59筆


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