35.所古辰の淫らでゴメンネ(5)


 今の所、静かだ。
 静かに時が流れて行く。
 「あー…暑いったらないねェ」
 がらりと窓を開ければ、生温く湿った空気がどろっとまとわりついてきた。
 カワイコちゃんが絡んでくるなら大歓迎なんだが。
 まだ明るい空には、早くも1番星が光っている。
 
 「暑い暑い言いながら窓開けんなよ…折角の冷気が逃げんだろうが」
 傍らの十左近がうんざりした声を上げた。
 「はいはい、失礼致しましたっとォ。たまには換気も必要かと想ってねェ」
 渋面を作りながら、また手元の資料に視線を戻している。
 夏仕様に短く整えられた項を、見るともなく眺めながら、どこか可笑しいような不思議な心持ちになった。

 ほんの少し前、1学期の十左近ならばもっと喰ってかかってくる所だ。
 いや、俺自身がもっと、コイツにじゃれついていただろう。
 長くて短かった夏休みが、俺達3年生を変えたのだ。
 後僅か、か。
 まだ遥か先の話だと想っていた、中等部入りした頃が懐かしい。
 なーんて、俺は年寄りか。

 ソファーにだらりと寛ぎ座り直して、片膝を抱えつつ、スマホに記事の推敲を打ち込んでいく。
 静かな日々、悪くない。
 悪くないが、何かの前兆の様で薄気味悪ぃし、何も不穏じゃなくて良い、パっとした明るい事件の1つや2つが起こってくれないと、平和を良しとしない愚民共が暴発するじゃねぇか。
 一舎も相変わらずだしなァ、あァ面倒くさい。
 けど、最後の大仕事があるだろう予感には高揚するね。
 それにしてもそろそろ、喧嘩道ぐらい仕掛けねェと。

 「…つーか、所古」
 「何だィ、十の字」
 「お前、放送部で新聞報道部のシゴトすんなよ」
 「何を堅苦しい事を!俺達2人きりだろ…イイじゃないか…」
 「気持ち悪ぃ、寄ってくんな。他の部員が居ないからって我が物顔で居座んな。んなの寮で出来んだろ。後、じゃれんなら片前に構ってもらえ。俺は忙しいんだ」
 「何でィ、十の字、拗ねてんのかァ?可愛いヤツめェ!大丈夫だ、俺の貴様への愛は揺らがん!」

 「あ、そっか。最近お前、片前に拒否っつーか放置されてんだっけ。悪い悪い。でも他にいくらでもセフレ居んだろ。どこにでも飛んで行けよ」
 「イヤン!酷いっ、十左近クン!ワタシ、ワタシ…本命はずっと十左近クンなのにっ!他のヒトの名前出して誤摩化そうとするなんて、酷いょ…!」
 「だーかーらー暑いっつーの!引っ付くなーお前の下半身事情なんか知ったこっちゃねぇっつーの!」
 いやいや、十左近氏よ、人の地雷を踏んでくれたからには覚悟し給え。

 こっちだって暑いっつーのにベタベタしていたら、軽快なノックの音が聞こえた。
 「失礼いたします。生徒会より、放送部部長十左近先輩に書類をお持ちいたしました」
 あん?
 残暑をものともせず、きびきびとした動作で入って来たのはチビちゃんだった。
 「こんにちは、十左近先輩、所古先輩。十左近先輩、こちらのご確認よろしくお願いいたします。…はっ!まさか例のアレな活動中でございましたか?!とんだ邪魔をしてしまい申し訳ございません。直ちに退出いたしますのでご容赦くださいませ」

 「アっハっハ、相変わらず面白いねェ、チビちゃんは!」
 「所古、声がデカい。あー気にすんな、前。例の活動中だったら此所には居ねぇから。書類サンキュー、ご苦労さん。…っと、柾のヤツ、相変わらず手厳しいな…仕方ねぇか。ちょっと待ってな、すぐサインするからよ」
 「所古先輩も相変わらずの笑い上戸病さんでいらっしゃるご様子、お元気そうで大変結構でございますね。十左近先輩、ありがとうございます。よろしかったらこちら、ドーナッツを生徒会で揚げましたので、皆さんで召し上がってくださいね。翌日もあまりベタつかないタイプです」
 
 「「え、ドーナッツ…?」」
 おっと、やっぱり十左近のケツに引っ付いて放送部に来た甲斐があったねェ。
 お母さんのドーナッツとか、絶品に決まってるじゃないか。
 想わず2人で瞳をギラつかせた、そんな獣の俺達にも、チビちゃんはニコニコと気さくに笑って、生徒会でのドーナッツ大会を語ってくれた。
 フム、何とか楽しくやってるようじゃねェか。
 気苦労は絶えないだろうが、それはチビちゃんの生真面目で優しすぎる性根も関係してるしなァ。

 俺はよ、チビちゃん。
 本音はコッチ側に付いて欲しかったが、生徒会っつー柾のお膝元でありながら、馬鹿な1年生組もいる厄介な場所で、全校から注目される事で、チビちゃん自身鍛えられんじゃねェかと。
 チビちゃんが強くなる為に、必要悪っつーか、どうにか乗り越えて欲しいんだぜ。
 此所を出てからの進路は知らねェが、社会に出たら、どの世界にも鬼千山千、試練なんてそこらに転がりまくってやがる。

 何も生徒会長に昇りつめる必要はねェだろう。
 柾もそこまで考えてないんじゃないのか。
 ただ、そのポジションを全うできたら、チビちゃんはどこでも生きていける強さを身に着けられる。
 心なしか輪郭全体、細くなった様に見えるが、頑張れ頑張れ。
 チビちゃんだって凛々しい眼差しを持った男だ、何とかなるさァ。
 いざとなったらいつでも、俺や十左近が助けてやる。

 「…所古先輩…?」
 「よく頑張ってんなァ、チビちゃんは。偉い偉い!」
 可愛い後輩の頭を撫でながら、ふざけた口調で健闘を讃えた。
 「ドーナッツも嬉しいが、また弁当も差し入れて欲しいねェ!」
 「所古…お前、贅沢過ぎんだよ…」
 チビちゃんは一瞬きょとんとした後、ふわっと笑った。
 「はい、喜んで!今、大人味を研究中ですので、先輩方に是非ご賞味願いたいです」
 「「えっ、大人味…?」」

 んー、そりゃビール入手するしかないねェ。
 よく冷えたヤツを。
 暮れかけた陽を背に、何でも風紀委員を侍らせて生徒会室へ戻る途中らしい、早々に辞去する姿を見送って。
 扉が閉まると同時に、ドーナッツ略奪戦争が勃発したのは、やむを得ないだろう。



 2014.3.21(fri)23:10筆


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